持続可能な原材料調達
緊急報告:危機に立つ生物多様性
「天国に一番近い島」で今何が? ニューカレドニア・ニッケル開発事業を事例に
■ 融資のルールで生物多様性は守れるか (満田夏花/地球・人間環境フォーラム) |
地球・人間環境フォーラムの満田は、国際金融機関の環境に関する融資基準の中で、生物多様性はどのように位置づけられているのか、また、ニューカレドニア・ゴロニッケル事業は、これらの融資基準をクリアするかについて発表を行った。
●国際金融機関、民間銀行等の融資基準
世界銀行グループは自然生息地や生物多様性に関する多くのガイドラインを有しているが、ここでは生息地の転換に関する基準に着目して紹介したい。
世界銀行は、多岐にわたる環境社会配慮の政策の中で、OP4.04「自然生息地」の中で生物多様性に深く関連する規定を有している。この中で、「重要な自然生息地の著しい転換または劣化を伴うと判断される事業には、支援をしない(OP4.04パラ4)」と規定し、「重要な」「著しい転換」をそれぞれ定義している。
民間企業に融資を行っているIFC(国際金融公社)は、融資先の顧客に求める環境社会配慮基準であるパーフォーマンス・スタンダードの中で、生物多様性の保護と保全、重要な生息環境、外来侵入種などについて規定している(基準6「生物多様性の保全と持続可能な自然資源管理」)。その中で、「顧客は、重要な生息地では、以下の要求事項を満たさない限りいかなる事業活動も実行してはならない」とし、例外として、「重要な生息地の能力に対する負の影響が予測されない場合」などとしている。
民間銀行であるHSBCは、セクター別のガイドラインを有しているが、その鉱業・金属セクター政策、エネルギーセクターガイドライン、淡水インフラセクターガイドラインの中で「熱帯原生林、保護価値の高い森林、重要な生息地において、著しい転換や劣化が生じる操業には融資を行わない」としている。
いずれも「重要な生息地」「保護価値の高い生息地」などとされる生息地の大きな転換を原則禁止していると考えられる。
国際協力銀行も高い水準の環境ガイドラインを有しているが、「プロジェクトは、原則として、政府が法令等により自然保護や文化遺産保護のために特に指定した地域の外で実施されねばならない。また、このような指定地域に重大な影響を及ぼすものであってはならない。」と規定している。いわゆる法律で規定された保護区における事業、または保護区に大きな影響を与える事業への融資を行わないとしているのが特徴。現在、ガイドラインを改定中であり、生物多様性について、世界銀行やIFCと同様に「重要な自然生息地または重要な森林の著しい転換または著しい劣化の回避」が盛り込まれる見込みである。
●「保護価値の高い」とは?
「保護価値の高い森林」「重要な自然生息地」と呼ばれる地域であるが、それを判断するための基準が定義されている。「種」の生息地として、およびランドスケープレベルの生息地の広がり、さらに地元社会の基本的ニーズを満たすために欠かせない地域といった社会的側面も含まれていることに注意が必要である。たとえば、その森林から生活の糧を得ている地元コミュニティがあれば、それは保護価値が高いとされる。
●着工後の調査?
次に、ニューカレドニア・ゴロニッケル事業について、私たちが現地で行った調査および文献に照らして、これらの環境社会配慮基準に合致しているかどうかを概観したい。
本事業の環境影響評価(EIA)のうち、現在、事業者により公開されているのは、2007年に作成されたものである。残念なことにそのほとんどが着工後の2001年以降に実施された調査をもとにしている。すなわち、工事がはじまる前の生態系がどのようなものであったかということについては、これのみでは私たちは正確に知ることができない。このような限界があるものの、この環境影響評価は随所に重要な情報を含んでいるため、ご紹介したい。
●豊かな植物相と独特の生態系
事業の周辺地域のニューカレドニア最南部のGrand Sudと呼ばれる地域には、14の植生タイプが観察されている。ここには森林6タイプとmaquisと呼ばれる灌木帯が6タイプ含まれる。その他、湿地帯がある。森林およびmaquisの植生タイプは、ほとんどが90%以上の固有種である。ニューカレドニア自体固有種率が非常に高いのだが、それよりもさらに高いのである。また、14のCritically Endangered種(CR)、10の絶滅危機種(EN)、40の危急種(VU)を含む70種のレッドリスト記載種がインベントリー化されている。
すなわち、この地域は植物相の豊かさと独特さによって特徴づけられている。
したがって、事業地域が、国際金融機関の言う「重要な自然生息地」「保護価値の高い生息地」であることは間違いない。
事業地周辺の植生図を見ていただきたい。さまざまな植生がモザイク状に組み合わさっていることがよくおわかりいただけると思う。しかし残念ながら、これもたとえば精錬所、テーリング・ダムのところは空白になっている。ただ、道路やテーリング・ダムにより、既存の植生の分断が生じていることはなんとなく読み取れるように思う。
次に鳥類についてだが、これも2003年、2003年の着工後の調査であるが、陸域で32種が確認され、うち12種が固有種、3種がIUCNレッドリスト記載種である。海域に関しては、周辺で繁殖しているもの25種、渡来するもの26種いる。
EIAに鳥類のコリドーの図があるが、テーリング・ダム、採掘地でコリドーの分断が生じているのではないかと考えられる。
海洋生態系は、さらに豊かである。プロニー湾は魚類のゆりかごであり、EIAによれば、ウミガメ、ジュゴン、クジラ、イルカなどが出現する。聞き取りをおこなった学者によれば、めずらしい汽水性の珊瑚が生育する場所でもあり、事業がなければ世界遺産地域に含めるべきものであるということだった。
ゴロニッケルは大面積にわたる剥土を伴う。これだけをもってしても「著しい転換・劣化」であることは間違いないと思う。事業者は埋め戻しを行って、在来種をつかって植生回復をする予定であるというが、それでも一度失われた生態系を回復さえることには限界があると考える。
陸域と海域のつながりを考えた時に、影響はさらに拡大する。 国際協力銀行のガイドラインでは、事業は保護地域に影響を与えるものであってはならないとしているが、植生保護区のバッファーゾーンのぎりぎりを道路が走り、その道路の向かいが精錬所である。道路は事業によって拡幅されている。テーリング・ダムのすぐ脇が植生保護区である。さらに、2006年には土壌流出により、採掘地から土砂が海域に流入している。事業者は沈殿池を設け、防止に努める予定であるが、これだけの掘削がおこなわれれば、土壌流出は不可避と考えている。事業地近くの世界遺産となっている海域への影響が指摘される。
●社会的合意
国際的にも高い水準にある国際協力銀行ガイドラインは、多くのステークホルダーとの議論と対話により策定されている。世界に誇れるものだと考えている。以下このガイドラインの、計画や社会的合意に関する規定を見てみよう。
国際協力銀行ガイドライン:「プロジェクトを実施するにあたっては、その計画段階で、プロジェクトがもたらす環境への影響について、できる限り早期から、調査・検討を行い、これを回避・最小化するような代替案や緩和策を検討し、その結果をプロジェクト計画に反映しなければならない」
着工前にどのような調査が行われたのかについては現段階では不明であるが、現在公表されているEIAの中の重要な調査は着工後のものである。
先住民族議会のリーダーたちは下記のように語ってくれた。
「事業の最初から、ヤテの住民は環境問題懸念持っていました。しかし、州は事業者の味方で、十分な調査がなされないうちに事業を許可しました。世界でも有数の生物多様性を誇る地域で、配慮しないまま事業が進められたのです」。
国際協力銀行ガイドライン:「・・・プロジェクト計画の代替案を検討するような早期の段階から、情報が公開された上で、地域住民等のステークホルダーとの十分な協議を経て、その結果がプロジェクト内容に反映されていることが必要である。」
昨年、事業者と先住民族らの間で協定が結ばれたことについてはすでに紹介があったとおりである。しかし、多くの住民からは下記のような意見が聞かれた。
「事業者と先住民族との協定が成立しようがしまいが、事業はどんどん進んでいきました。」( Senat Coutumier<先住民族議会>との会合)
「今が着工前だったとしたら、いろいろと情報をえているのでNoと言ったと思います。」
(先住民族部族 Ile Ouenとの会合)
「事業者との協定にサインしたのは、そうせざるを得なかったから。手足を縛られて死刑台に上るような気持ちでサインした」
(先住民族部族のSaint Louisとの会合)
●融資のルールで生物多様性は守れるか
「融資のルールで生物多様性は守れるか」――。
この問いに対しては、「守れる」と答えたい。ただし条件が必要であろう。融資者が自らの融資基準を誠実に遵守し、事業者や関係者に明確なメッセージを送り続けることが必要と考える。このことにより世界中でわずかに残された「重要な生息地」「保護価値の高い生態系」を守るという強い意思を示すことになろう。
責任ある融資の選択肢の中には、「融資しない」という選択肢も含まれている。もちろん、融資をし、かつ働きかけにより、事業そのものの質をあげていくという選択肢もあるが。現在の生物多様性の危機に直面したとき、やはり保護価値の高い地域を大規模に転換する事業には融資をしないと明確な姿勢を示してほしい。
一方で、融資者のみに、生物多様性を守ることを押しつけることはできまい。当事者である企業の行動が問われるべきであろう。ただし、企業だけの責任でもなく、大量消費社会を見直し、循環型・低消費の社会・経済・文化を確立するのは私たちの責任でもある。
さらに生産国においては、守るべきところを守る、守りながら使う場所、開発する場所などのゾーニングを、市民社会の参加を得て確立していくことが重要である。
私たちはNGOとして、国家資源獲得戦略に生物多様性戦略を組み込むための、真剣な議論が必要であることをたえず問いかけていきたい。
[配布資料のダウンロード(PDF、3.5MB]
●日 時 | 2009年6月3日(水) 14:00〜16:30 |
●場 所 | 環境パートナーシップオフィス(EPO) 住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-67 コスモス青山B2F |
●主 催 | 地球・人間環境フォーラム、国際環境NGO FoE Japan |
●後 援 | 生物多様性条約(CBD)市民ネット |
●協 力 |
特定非営利活動法人 アジア太平洋資料センター(PARC) 「環境・持続社会」研究センター(JACSES) 環境を考える経済人の会21(B-LIFE21) コンサベーション・インターナショナル サステナビリティ・コミュニケーション・ネットワーク(NSC) サステナビリティ日本フォーラム 日本環境ジャーナリストの会(JEFJ) 社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会(NACS) 日本消費者連盟 IUCN日本委員会 WWFジャパン |