開発プロジェクトと金融機関
連続セミナー「持続可能な社会のためのODAと公的融資」第1回
−海外開発プロジェクト融資の「環境、社会、ガバナンス」強化に向けて−
開催報告
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カンボジア国道1号線建設事業
(福田健治/メコン・ウォッチ事務局長) |
メコン・ウォッチ事務局長の福田健治さんは、カンボジア国道1号線改修事業における住民移転問題を取り上げ、特に住民移転に関わるJICAのガイドラインの問題点を報告しました。
同事業はカンボジア首都のプノンペンとベトナム・ホーチミンを結ぶ国道1号線のうち、プノンペンからネアックルン(メコン河渡河地点)56kmの改修事業です。2002-2003年JICAが開発調査を実施し、その後JICAが基本設計調査・予備調査を実施、2005年6月には無償資金協力として第1期交換公文が締結されました。本事業は1,800世帯以上の大規模な住民移転を伴うこと、JICAガイドラインのパイロットケースとなる事業であることにより注目されます。
1,800世帯以上の住民移転というのは、単独の事業としてはカンボジア最大規模です。このため、JICA・外務省は、JICA環境社会配慮ガイドラインの理念に基づく対応を約束しました。カンボジア政府で住民移転問題を担当しているのは、省庁間移転委員会(IRC)です。日本側は無償資金協力ですので、外務省に実施責任がありますが、実際には実施「促進」を担当するJICAが、カンボジア政府との交渉や移転の進捗状況の確認等にあたっています。
本事業の住民移転に関する問題は下記のとおりです。
・住民移転計画の不在:住民移転を伴う事業では、通常、住民移転計画(RAP)と呼ばれる文書が策定されます。これは、補償対象、補償基準、苦情申立てなどを定めた基本文書です。本事業の住民移転計画案は2005年にJICAが策定しましたが、その後アップデートされていないまま、最終的な住民移転計画なしに移転が実施されています。
・補償単価:
本事業では2000年にIRCが定めた補償単価(+物価上昇分)が採用されました。ところが、2005年、国道5・6号線の改修計画を進めていたアジア開発銀行(ADB)が2000年単価の利用を拒否し、市場価格に基づく再取得価格の採用を要求しました。この動きを受けて、IRC・JICAは再取得価格による補償に合意しました。しかし市場価格調査の結果は非公開であり、再補償のスケジュールも不明です。
・移転地:
本事業では2通りの住民移転がありました。背後に土地がある人は、住居をその分ずらす「セットバック」を行いました。また、背後に土地がない人たちは移転地に移転しました。移転地の問題点としては、井戸、電気、学校等のインフラが未整備であったこと、4つの移転地中1箇所は国道に面しておらず、今までのビジネスが続けられず生計喪失が深刻な事態となりました。また、土地権利証書が未付与であったことも問題となっています。
・苦情処理:
苦情処理手続としては、地方自治体であるコミューンを通じて苦情処理委員会に申立てができることになっていたのですが、実際には機能していませんでした。コミューンでの受理拒否が多数あったことが判明したのです。また、受理されても回答がないケースもありました。
本事業は、ガイドライン改定中に開発調査が実施され、ガイドラインの理念が先行的に適用された案件です。しかしながら、ガイドラインと照合すると上述のような不適合が生じていました。
ガイドライン上の理念 | 現実 |
適切な時期に十分な補償と支援 | 市場価格に基づかない補償により移転開始 |
生活水準・収入機会の回復 | 生計喪失への支援策なし |
対策立案・実施への住民参加 |
移転計画すら非公開 機能しない苦情申立て手続 |
最後に、現在ではJICA、JBICと同等のガイドラインがかけられていない無償資金協力においても、同様のガイドラインが必要だと考えられます。
また、本事業の教訓を活かし、住民移転に関する要件を充実すること、計画立案への参加と情報公開が行われること、再取得価格に基づく補償が事前に行われることがガイドラインに盛り込まれることが必要であると考えられます。
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[国道1号線改修事業に関する詳細(メコン・ウォッチのウェブサイトへ)]
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