グローバルネット(月刊環境情報誌)
2014年10月(287号)
特集/固定種・在来種に注目!
〜おいしいだけじゃない、子供たちに伝えたい大切なこと
持続的な食料生産のために重要な種子を守るしくみ
龍谷大学経済学部教授 西川 芳昭
食べ物に対する主権のあり方
スーパーマーケットには世界中から輸入された多様な食べ物があふれており、私たちは日ごろ自分の食べるものを自分で決めていると考えている。しかしながら、市場に供給されている食物の多くは、生産の管理がしやすく、また規格化され加工や輸送のしやすいものなどが、生産者や流通関係者によって選択されていることが多い。自分たちが何を作り、何を食べるかを自分たちで決める権利は「食料主権」と呼ばれ、国連人権宣言にもつながる基本的人権の一つと考えられるが、この権利が必ずしも保障されていない世界に私たちは生きているといえる。
種子の特色とその重要性
食料の生産には水や肥料などさまざまな投入物が必要であるが、作物の特徴を決める大きな要素として遺伝的情報を世代から世代へと伝達する種子/タネの存在は重要である。国連食糧農業機関(FAO)は1996年にまとめた『世界遺伝資源白書』の中で、「土壌、水、そして遺伝資源は農業と世界の食料安全保障の基盤を構成している。これらのうち、最も理解されず、かつ最も低く評価されているのが植物遺伝資源である」と述べているが、実はこの資源が一般には種子と呼ばれているものである。現代の農業生産のシステムにおいて、この種子供給の大きな部分が一部の企業に独占されており、食べ物を生産する農家も食べる消費者も自分たちの作りたいもの、食べたいものを選ぶ選択肢が著しく狭められているのが現状である。
食料主権の視点のほかにも、私たち人間が種子/遺伝資源の多様性を維持することに大きな意味がある。多様な品種が利用されている農業生態系においては、ある病気が蔓延した場合、その病気の被害を受ける品種とその病気に強い遺伝子を持つ品種の両方が存在することで、生産面からみたリスクの分散と安定性を図ることにつながる。単一の品種の栽培では、効率的な生産や流通が行える半面、環境の変化が起こった際にその品種が適応できずに収穫が激減する危険を伴っているわけである。さらには、気候変動などを理由に、例えば乾燥や高温に強い品種が必要になった時には、多様な品種の中からそのような形質を持つ品種を選び、育種の素材として活用することもできる。
多様な作物の種子を採取・保存する農家(ブルキナファソにて)
種子に対する農家の権利と国際条約
歴史的には、長い間にわたって農家は自分たちが毎年まく種を自分で採種するのが当たり前で、自分の農地に最も適した形質をもつ系統・自分の栽培したい(または食べたい)形質をもつ系統を選抜してきた。この行為が、作物種内の多様性が作り出され保全されてきた主要な要因の一つであった。
農家はこの種子を一般に種(タネ)と呼び、通常は「種子(しゅし)をまく」とは言わない。生活・生業の構成要素として種子を見るか、産業活動の投入物として種子を見るかによって、同じものが異なった言葉で語られているわけである。
このような多様な種子の持続的利用と保全を促進するために、「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(略称:食料・農業植物遺伝資源条約)」があり、日本政府も作物育種の推進に資するとともに、食料および農業のための植物遺伝資源の保全と持続可能な利用のための国際協力を一層推進するとの見地から2013年にこの条約に加盟している。この条約には、農業者の権利(農民の権利とも呼ばれる)として農家自身が採種・保存・交換等を行う権利が明記されているが、これを実現する責任を負うのは各国の政府であり、その対応は必ずしも充分ではない。日本でも、「適当な場合には、国内法令に従い、農業者の権利を保護し、及び促進するため、伝統的な知識の保護、関連する国内の意思決定への参加等の措置をとるべきである」との努力目標が設定されているに過ぎない。
エチオピアの事例から
では、どのようにすれば、食料主権を実現できるような、種子に対する自主的な選択を農家ができるようになるのだろうか。この分野の先進国といえるエチオピアの例から学んでみたい。
エチオピアは、農業生態的に多様性に恵まれ、伝統品種が多く存在し、また農家によってそれらの種子が供給されている。一方で、国際機関や連邦政府は、改良品種導入と企業を主たるアクターとした種子供給システム構築を推進している。このような政策は、国家レベルの「食料安全保障」を重視しており、個々の農民や住民の「農民の権利」や「食料主権」の実現を積極的に意図したものではなかった。
このような背景の中で、エチオピア国内で設立されたNGOが農家と協力して自らの種子を管理する能力構築を図っている事例がある。NGO・エチオピア有機種子行動(Ethio-Organic Seed Action:EOSA)が政府関係機関や国際NGO と農民をつなぎ、農村の中に農家自身が管理する種子銀行を設立し、地域内での種子の生産と供給を促進している。育種素材としての遺伝資源保全や、企業の種子供給への参入環境整備が政策の主流となっているにもかかわらず、農民自身が作物遺伝資源という農業生物多様性を自らの地域発展のために直接利用する組織・制度の整備を促進しているわけである。
日本の技術協力機関である国際協力機構(JICA)も、農民自身による採種を含む多様な種子供給システムの役割を認知しており、とくに農家の種子生産技術に関する研修を農家グループの形成を通じて実施するとともに、村に近いところで種子の品質を保証する簡易な試験室の運営を支援している。
これらの活動は、エチオピアの政策制度の中に必ずしも明文化されていない。ただ、関係者が種子システムにおける農民の位置づけを重視し、既存の組織と連携して活動しているのだが、農民の権利・食料主権の実現に資する活動として、積極的に評価したい。
今後に向けて
今、家族農業の重要性が国連食糧農業機関を中心に見直され推進されている。企業的経営ではない、家族を中心とした農業においては、自家採種を中心として比較的小さな地域の中で多様な作物の種子が循環している状況が存在している。そのような地域での循環が持続することによって、国際条約のうたい文句だけに終わらない実質的な地域における資源の管理がなされる可能性がある。エチオピアの例だけではなく、実際に世界中で構築されている、または構築されようとしている種子に関するシステムの多様性は目を見張るものがある。
今私たちは、作物の多様性を守り、自家採種や種子の交換を続ける農家や市民だけでなく、多様な食べ物の選択を享受する形で農作物を食べている人びともともに「食料主権」を意識し、食料および農業のための植物遺伝資源の持続的利用に参画していけるシステムの構築について真剣に考える必要に迫られている。
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