グローバルネット(月刊環境情報誌)
2014年6月(283号)
特集/シンポジウム報告 気候変動の身近な影響と適応策を考える(その5)
IPCC第2作業部会での決定事項と今後の日本の適応策実施について
国立環境研究所 肱岡 靖明
2014年3月25〜29日、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第2作業部会第10回会合が横浜市で開催され、第2作業部会第5次評価報告書(WGII AR5)の政策決定者向け要約(SPM)が承認・公表されました。IPCC総会が日本で開催されたのは今回が初めてです。約110ヵ国の代表、世界気象機関(WMO)、国連環境計画(UNEP)等の国際機関などから計約400人が出席しました。この第2作業部会は、気候変動が社会経済および自然システムにもたらす影響とその適応オプション、および脆弱性などについて評価しています。
30章から成る報告書は大きく二つ(Part A:全球・分野別評価、Part B:地域別評価)に分類されます。報告書は各国から推薦された1,200人以上の候補者から選ばれた243人の執筆者と66人の査読編集者によって執筆されました。日本からは3人の統括執筆責任者、5人の代表執筆者、3人の査読編集者が参加しています。
今回の報告書では、第2作業部会第4次評価報告書(WGII AR4)後に得られた新たな知見に基づき、(1)観測された影響・脆弱性・暴露およびすでに実施されている適応(分野別、地域別)(2)将来リスクと適応の機会(3)リスクマネジメントと強靱な社会の構築、についてまとめられています。WGII AR4と比較するとおおまかに三つの特徴があります。まず、章の数が20から30となり、適応に関する章も一つから四つに増えました。また、その他のほとんどの章においても適応に関する知見が整理されています。次に、新しい気候シナリオであるRCP(代表濃度経路)シナリオに基づいた研究成果も含まれています。しかし、気候シナリオが提供されてから影響評価を実施するため、WGII AR5に引用される論文作成に時間があまりなく、報告書に記載されているすべての定量的な影響評価がRCPに基づいているわけではありません。そのため、2000年にIPCCより公表されたSRES(排出シナリオに関する特別報告書)シナリオを用いた影響評価結果も併せて引用されています。最後に、SREX(気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書)でまとめられたリスクマネジメントの考え方を発展させている点や、緩和策と適応策の効果を統合的に評価している点など、対策(緩和と適応)の推進に向けて科学的知見が整理されている点に特徴があります。
SPMの概要
SPMの概要を以下に記します。
(1)観測された影響・脆弱性・暴露およびすでに実施されている適応
観測された影響・脆弱性・暴露:
過去数十年において、全大陸と海洋の自然および人間システムにおいて気候変動の影響が現れており、とくに、自然システムへの影響が顕著かつ包括的に現れている。
適応の経験:
適応は一部の計画プロセスに組み込まれつつあるが、実施されているものは非常に限定的である。
意思決定状況:
気候変動に関連するリスクへ対応していくことは、その影響の深刻さや発生時期について引き続き不確実性が存在することや、適応の有効性の限界がある中で、変わりつつある世界において意思決定を行っていくことである。
(2)将来リスクと適応の機会
広範囲な分野や地域における主要なリスク:
国連気候変動枠組条約第2条に記載されている「気候システムに対する危険な人為的干渉」による深刻な影響の可能性がある主要な八つのリスクを整理し、それらを次の五つの「懸念の理由」に統合することで、気候システムに対する危険な人為的干渉を評価するための出発点を提供した。
分野別・地域別のリスクと適応の可能性:
分野別および地域別のリスクと適応の可能性についても整理されており、地域別の主なリスクに関しては、現状、近未来(2030〜2040年)および21世紀末(2080〜2100年)の2℃および4℃気温上昇下におけるリスクと適応の効果が示された。
(3)リスクマネジメントと強靱な社会の構築
気候変動によるリスクの管理には、将来の世代、経済、環境への関連事項も含んだ適応と緩和の決定を含むものであり、効果的な適応を実施するための重要な要素や、気候に対して強靱な経路と変革を導くために何が必要であるかについてまとめられている。将来に関しては、温暖化の進行がより早く、大きくなると、適応の限界を超える可能性があるが、政治的、社会的、経済的、技術的システムの変革により、効果的な適応策を講じ、緩和策をあわせて促進することにより、レジリエント(強靱)な社会の実現と持続可能な開発が促進されるとしている。
環境研究総合推進費の研究成果
日本における温暖化影響評価および適応策に関する科学的知見については、WGII AR5のSPM承認と時期をほぼ同じくして、環境省の環境研究総合推進費「S-8温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」(S-8研究)によるこれまで4年間の研究成果が報告されました。S-8研究では、IPCCが示す世界規模の将来リスクと対策の見通しの中で、日本での影響リスクはどうなるのか、リスク低減に適応策はどの程度有効か、といった問いに答えるための研究活動を行っています。公表された研究成果の要点は以下の通りです。
(1)新しい濃度シナリオであるRCPシナリオに基づく体系的な日本への影響予測の実施。温室効果ガスの濃度パスと気候シナリオに関する共通シナリオを設定して21世紀半ば(2031〜2050年)と21世紀末(2081〜2100年)におけるわが国への影響を予測。
(2)温暖化は21世紀を通じてわが国の広い分野に影響を与えることを改めて予測。気象災害、熱ストレスなどの健康影響、水資源、農業への影響、生態系の変化などを通じて、1)国民の健康や安全・安心、2)国民の生活質と経済活動、3)生態系や分野などに影響が広がることが明らかとなった。
(3)気候変動の影響は、気温上昇をはじめ温暖化の程度によって左右されるため、世界規模で緩和策が進めば、日本における悪影響も大幅に抑制可能。その場合でも、適応策を講じないとほとんどの分野において現状を上回る悪影響が生じると考えられる。そのため、今後の気候変動リスクに対処するためには、緩和策と適応策の両方が不可欠。
(4)地方自治体における温暖化影響・適応に係る実践的研究を進め、適応策推進のために「適応策ガイドライン」を作成。
(5)自治体や途上国における影響評価・適応策の検討に用いる支援ツールを開発。
日本社会での適応策の実施
S-8研究など、適応策に関する研究がいくつか進められつつありますが、日本における適応策の検討はまだ始まったばかりです。国の対応としては、第4次環境基本計画(2012年4月)において適応の検討・推進の必要性が、革新的エネルギー・環境計画(案)(2012年9月)では“避けられない地球温暖化影響への対処(適応)の観点から政府全体の取組を「適応計画」として策定する”と記載されました。現在、中央環境審議会の地球環境部会に気候変動影響評価等小委員会が設置され(2013年7月)、影響評価・リスク評価の取りまとめが行われています。2015年度夏頃をめどに、政府全体の総合的・計画的な取り組みとしての適応計画策定が予定されています。
適応策はまったく新しい施策ではありません。既存施策の有効活用を前提に、将来気候を考慮して見直すことが肝要です。気候が変化しないという従来の仮定から、気候変化を想定した施策の立案が重要となりますが、例えば、古い施設の更新時に温暖化による将来影響を考慮して設計基準を変更するなどの工夫を行うとコストを大幅に抑えられる可能性があります。
適応策の実施とは、社会経済の変化を考慮した総合的な環境対策、すなわち将来に向けて強靱な社会(国、まち)を創造できると期待しています。
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