グローバルネット(月刊環境情報誌)
2014年2月(279号)
特集/シンポジウム報告 気候変動の身近な影響と適応策を考える(その3)
気候変動の最新情報〜あん・まくどなるどの列島ウォッチ
上智大学地球環境学研究科 教授/慶應義塾大学 特任教授
あん・まくどなるどさん
私はカナダ出身ですが、30年ほど前、高校時代に初めて日本に来て以来、双方を行ったり来たりしています。2011年から東京を拠点に仕事をしていますが、今まで熊本、長野に6〜7年、宮城に十数年、石川にも3年住み、北海道から沖縄まで農村や漁村のフィールドワークをしながら、フリーライターとしても活動しています。
私は1999年から環境省の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の業務に関わっています。IPCCは1988年に設立された国連の機関で、人為起源の二酸化炭素(CO2)、つまり人間の活動が出す温室効果ガスがどのように気候に影響を及ぼしているかを中心に見ている機関です。新しい研究をするのではなく、三つの部会に分かれていて、すでに発表されている気候変動問題に関する世界中の研究論文を評価する機関なのです。
日本列島の里海、里山の気候変化を調査するあん氏
IPCCに届かない日本語の研究論文、英文にしてIPCCに届ける
私が初めて関わった1999年頃は、IPCCはまだ市民権のない機関というか、活動でした。2007年にIPCCと米国のアル・ゴア副大統領がノーベル平和賞を受賞し、一般市民の耳にも入るようになりましたが、私が関わった頃は、IPCCの日本での活動はまだスタートしたばかりでした。私の個人的な意見ですが、当時の環境省の担当者は、日本にも気候変動に関する優れた研究があるのに、それがIPCCの評価報告書にはなかなか採用されない。なんとかIPCCに届けようと燃えていたと思います。
ところが当時は国連の公用語とされる英語、フランス語、スペイン語、中国語、アラビア語、ロシア語の論文はその言語で提出できましたが、日本語の論文は認めてくれませんでした。私が頼まれた仕事の一つは、日本人研究者の日本語の資料や原稿を英語にしてIPCCに届けることでした。当時の霞が関は燃えていると思えました。気候変動に関わる研究の科学的確実性が低かったので、科学的確実性を高めるのにはどうすればよいのか、研究者も環境省も熱くなって取り組んでいました。
温暖化の科学的確実性が高まることにより求められる適応策
2013年9月にストックホルムで開かれたIPCCの総会では、三つある作業部会のうち、第一作業部会の気候変動の自然科学的根拠についての評価報告書が承認されました。2014年3月に横浜で開かれる第二作業部会の総会では、気候変動に対する社会経済および自然システムの脆弱性、気候変動がもたらす影響、気候変動に対する適応策などについての評価報告書が承認される予定です。温暖化の科学的確実性が高まってきたことにより、多くの適応策のオプションの検討が必要となり、適応の課題が非常に幅広く、重要になってきています。
今回、ストックホルムで承認された気候変動の科学的知見で強く言われているのは「気候システムの温暖化については疑いの余地がなく、1950年代以降に観測された変化の多くは、数十年から数千年にわたって前例がないものである」ということです。また、今回非常に注目されたのが「最近30年に観測された各10年間の世界の平均地上気温は、1850年以降のどの10年間よりも高温である」ということです。私はカナダの極北地帯によく行きますが、非常に懸念しているのが、気候システムで観測された変化の一つであるグリーンランドや南極の氷床の質量の減少です。そこに住む人はそれ以上北へ行く所がなく、人間だけではなくて動植物全体にも悪影響が出る恐れがあり、この変化の確信度が高くなってきています。
今回の第5次評価報告書(AR5)では海洋に関する研究成果が第4次評価報告書(AR4)よりも増加しています。「1971〜2010年において、海洋の上部(0〜700m)で水温が上昇していることはほぼ確実である」とされ、さらに「1992〜2005年において、3,000m以深の海洋深層で水温が上昇している可能性が高い」とする新見解が示されました。
日本列島は気候変動の観察に最適な現場
海は地球の70%を占め、海の中の変化は陸上で暮らしているわれわれに大きな影響を及ぼします。海の中の変化にどう適応していくかがとても重要だと思います。
私が日本各地をまわってみようと思ったのは、日本列島では同じ2月にオホーツク海には流氷があり、沖縄では海辺で子供が遊んでいる。同じ月なのに季節の顔が全然違っていて、気候変動を見たりするのに日本列島は最高の現場の一つではないでしょうか。
1994年から農林水産省の全国環境保全型農業推進会議のメンバーで、環境に配慮した米作りのコンクールの審査員も務めています。稲作は減農薬、減化学肥料、有機農法に向けての取り組みなど取り組みやすいと思います。果樹は、温暖化に合わせて来年は違う品種を作ろうと思っても稲作のようにはいかず、今までとは違うフルーツに変えなければならない危険性があります。福島、青森、北海道もリンゴだけではなくミカン作りも考えている農家がいるのです。未来に向けて考えを変えなければいけないと、適応力の日本の現場、果樹園などではすでに始まっています。
日本列島は国土の68%が森に覆われていますが、気候変動が進んでいくと林業にどのような影響があるのか。環境に配慮した林業経営で有名な三重の速水林業を訪ねました。両極端の現象が起きていて、今まで経験したことがないような暑い日や、今までにない大雨が一気に降ることがあるそうです。人間が環境保全型の林業マネージメントに努めても、健全な森が崩れ始めており、将来、コントロールができない状態になるのではと感じました。
海女さんと一緒に潜って知る海の中の大きな変化
私は石川で暮らしていた際に、能登半島を中心に農村、漁村の里山、里海を見て来ました。今も月に1〜2回は行って小規模な漁業を見ています。気候変動が進むことによって、海女さんなど脆弱性の高い漁業の関係者が今後どのように適応していったらよいのか、とくにアジアでは沿岸海域で漁業に従事している人口が非常に多いので、限られた資金でどのように適応していくかが問題です。経済的に脆弱性が高いということは環境的にも社会的にも政治的にも文化的にも脆弱性が高いということなので、そこに住む人たちが持っている伝統知識や経験をどう生かしていくか考えていく必要があります。
IPCCのAR4では海洋の酸性化が大きく取り上げられました。AR5でも取り上げられていますが、海の中はどうなっているのかを実際に調査している人は案外と少ないのです。私は石川県輪島市の舳倉島で、一年中海に潜っている海女さんから、聞き取り調査を毎月してきました。2013年の夏から一緒に海に潜っています。実際に海に変化が起きており、懸念するのは変化の速度が速すぎるので適応しようがないと感じることです。東南アジアではもっともっと大変だと思います。
気候変動は身近な問題ですが、遠くにいる脆弱性の高い地球市民の喫緊の問題でもあり、人類共通の問題です。2014年3月にIPCC第2作業部会の総会が横浜であります。新聞等で報道がされると思いますが、市民の一人として報道に関心を持ち、皆さんと一緒に気候変動について考えていけたらと思います。
(シンポジウム「気候変動の身近な影響と適応策を考える〜IPCC第38回総会に向けてin松山〜」より。2013年12月22日、環境省主催)
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