環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ私たちの食卓
2025年04月17日グローバルネット2025年4月号
放送作家・脚本家
小原 信治(おばら しんじ)
神奈川県・三浦半島に移住して15年になる。里山の菜園で育てた野菜と相模湾で採れた魚や海藻を食べて暮らしている。卵も近所の養鶏場のものだし、めったに食べないけれど牛肉も近くの牧場で育った葉山牛だ。
日々の暮らしの中に自然の恵みを頂いて生かされているという感慨がある。都会にいた頃は気付かなかった環境の変化に敏感になっている自分がいる。雨が何日も降っていないと祈るような気持ちになるし、強い風が吹き荒れた翌朝は日が高くなる前に菜園に散水しないと塩害でやられる。環境の変化に暮らしが大きく左右されている。
平均気温が観測史上最高を記録した2024年の夏もそうだった。菜園ではトマトは高温障害、キュウリは水不足で収量が激減した。一方、ナスは爆発的に採れた。原産地のインドと勘違いしたのかもしれない。揚げ浸し。みそ炒め。夏野菜カレー。麻婆茄子。食卓には毎日ナスが並んだ。直売所でもナスだけが100円で詰め放題みたいな売り方をされていたのでわが家の菜園に限った話ではないのだろう。地元の農家さんからは「東北に農地を移さないと今までの農業を続けることはできないかもしれない」という悲痛な声も聞かれた。
毎年2月にはワカメ漁が解禁になる。漁港の周辺では生ワカメが一袋数百円で無人販売される。茶褐色が湯通しすると一瞬で鮮やかなグリーンになる。しゃぶしゃぶのようにポン酢で頂く。茎ワカメはごま油と唐辛子でピリ辛炒めにする。残った葉ワカメは小分けにして冷凍し、味噌汁などに使う。夏にはテングサをゆでてところてんを作ったりもしたし、漁師さんたちが網に絡み付く”ジャマモク”と毛嫌いしていたアカモクをもらってきてポン酢で食べていた。
そんな食生活も5年足らずで激変した。アカモクは希少な高級品となり、ワカメの収穫は生育不良で3月にずれ込んでいる。先日、取材で漁船に乗せていただく機会があった。ウインドサーフィンの群れを追い越した辺りでのぞき込むと海の底まで透けて見えた。
「昔はアカモクなんかが船に絡み付くぐらい生えてて何も見えなかったんだけどね」
磯焼けによる砂漠化だ。海水温の上昇とウニなどの食害でカジメやテングサ、アカモクなどの海藻は100分の1程度まで減っている。
「海藻を食べて育つサザエもアワビも採れなくなっちゃったんだよ」
その影響は漁師さんたちの収入に、そして魚や貝を食べている私たちの食卓にも及ぶ。
「子どもの頃、漁師さんが『海がしょっぱいうちは大丈夫だ』って言っていたんだけどね」
水揚げ量が減ったのは海水温の上昇だけではないと思う、と漁師さんは話してくれた。
河川の氾濫を防ぐための護岸工事で山から海に流れ込む川の水が栄養分のない真水になってしまったのも原因なのではないかと。護岸工事で川は死んだ。川底がコンクリートになったことで川の生き物が死んだ。死んだ川の水が海を殺していく。海で育つ海藻を殺し、藻場で育つ魚や貝を殺していく。そして、私たちの食卓を殺していく。
北海道では天然昆布が危機に瀕しているという。昆布だしが消えれば縄文時代から受け継がれてきた食文化が一つ消える。ラーメンが食べられなくなるといえば、多くの人が関心を持ってくれるだろうか。そんなことを考えながらSUPで海の上を散歩する。パドルをこぐたびにビニールごみが絡み付いて悲しい気持ちになる。浜で吸い殻やマイクロプラスチックを拾い集めながら「このごみが昨日食べたトビウオのお腹にも…」と嫌な気持ちになる。
経済成長が人を幸せにすると信じて働いてきた。災害から暮らしを守るために自然をコンクリートで覆い尽くしてきた。有害物質が除去された真水なら海に捨てても影響ないだろうとプラントの排水を見過ごしてきた。三浦半島で暮らし始めて15年。持続可能だと信じていた暮らしが揺らぎ始めたことで、その正しさは揺らぎつつある。