ホットレポート 『次世代パンデミックに備える―感染症の文明史』出版記念セミナー報告コロナ禍の記憶を語り継ぐことが次世代パンデミックの自衛策につながる

2025年01月17日グローバルネット2025年1月号

一般社団法人 寿活基金 代表理事
佐原 勉(さはら つとむ)

2023年5月からコロナが第5類に移行して以来、コロナに関する報道は少なくなったものの、感染者数はそれほど減っていない。厚生労働省が昨年12月6日に発表した2024年11月25日から12月1日までのコロナ感染者数は11,945人、一昨年同期が13,583人なので、約1,600人しか減っていないのだ。とてもコロナが収まったという状況ではない。

コロナ禍の記憶が薄れつつある中、昨年10月25日、『次世代パンデミックに備える―感染症の文明史』(井上栄著、エイアンドエフ出版)出版記念セミナーが開催された(主催:寿活財団設立準備会、一般財団法人地球・人間環境フォーラム)。以下にセミナー報告をまとめる。

人類と感染症との闘い

人類の脅威だった天然痘は、1977年10月にソマリアで発症した患者を最後に消滅し、1980年WHO(世界保健機構)により根絶宣言が出された。これはワクチンの種痘を普及することで、病原体の封じ込めに史上初めて成功したのだ。

また、ポリオに関して生ワクチンが効いたこともよく知られている。「隔離ではポリオを抑えることができなかったのですが、米国と日本のポリオ患者発生率を見ると、1961年日本でポリオ生ワクチンの投与が極めて有効だったことがわかります」(井上さんの発言、「」は以下同様)。その結果、感染症に対するワクチンへの信頼は高まった。

コロナウイルスは飛沫とエアロゾルで拡散

ポリオ征圧から半世紀後、コロナパンデミックで世界が震撼したことは記憶に新しい。

「咳をしない無症状感染者の割合が大きく、ウイルスはしゃべるときに出る飛沫とエアロゾルに乗って移動し、感染が広がったのではないか。発話時、子音は径>5㎛の飛沫を作り、2m以内に落下しますが、母音はエアロゾル(<5㎛)を作り、空中に漂います。換気の悪い部屋で多数の人がよくしゃべると、時間経過とともにウイルスを含むエアロゾルが蓄積してコロナが広がりやすいのです。

また、発話時の口直前の瞬間風圧が高いと飛沫は遠くへ飛びます。日本語の風圧は低いことがわかっており、飛沫の飛ぶ量は少ないと考えられます」

「世界的に見て日本のコロナによる死者数が少ないのは、仮説ですが、日本人の行動様式の特殊性─口数が少ないこと、ハグ・握手をしないこと(対話者間距離あり)、全員マスク着用、外出自粛(同調圧力、集団協働行動)などにあるのではないか。さらに、日本語発話では飛沫の飛ぶ距離が短いこともあるでしょう」

ワクチンへの不安

感染症対策は、①感染源対策(隔離、検疫、消毒、治療薬)、②伝播経路対策(環境衛生:塩素消毒、媒介蚊対策、個室)、③感受性者対策(予防ワクチン)があり、今まではワクチンへの期待も高かった。

しかし、コロナで使用されたmRNAワクチンは使用実績も少なく情報不足もあり不安の声が上がる。さらに、現役の製薬会社社員による書籍『私たちは売りたくない! “危ないワクチン”販売を命じられた製薬会社現役社員の慟哭』が発売され話題になり、コロナワクチンに反対するデモ集会が開かれたりとワクチンに対する不安も根強い。

会場やオンライン参加者からもワクチンの安全性や効果についての質問も寄せられ、ワクチンに対する不安と期待がうかがえる。また、コロナウイルスの拡散は「発話による飛沫とエアロゾルで拡散」という井上先生の仮説に対しての関心が高いこともうかがえた。

しかし、感染症に対する武器がワクチンであることは間違いなく、「mRNAワクチンは開発されて間もないため、従来のワクチンに比べて知見が少なく不安になることはわかります。ワクチンに関する情報公開、および、各自が論理的に考えてワクチンを打つか打たないかを決めることが大切でしょう」。

「次世代」パンデミックの発生

次世代パンデミックはどのようになるのだろうか。

「まず、野生動物のウイルスが人に感染し変異を起こし、新型コロナと同じ伝播経路(一部の人が無症状で、飛沫+エアロゾルで広げる)によるパンデミックが予想されます。次に、清潔社会で子どもは従来型ウイルスにかからず、無免疫になった成人が地震などの災害時に過ごす避難所で起こる集団感染が予想されます。最後に、ヘルペスウイルスは他のウイルスとは異なり潜伏・再発感染を起こします。成人になってかかる重症者が徐々に増えることが予想されます」

こうした「変貌していく感染症」から身を守るには、コロナ禍の記憶を語り続け、これを契機として国民が新しい感染症常識を持つことが最大の自衛策となるはずだ。井上さんは次の4点を挙げる。

①流行時には見えない病原体の伝播経路を考えて行動する:論理的に冷静に考え、納得して行動する。

②過剰な清潔さを求めない:軽症の感染は小児期に経験しておく。

③大腸細菌叢の生体調整機能を正常に保つ:「微生物多様性」を残し、アレルギーや自己免疫疾患を予防する。

④高齢者へのワクチン接種:インフルエンザ、肺炎球菌感染症、帯状疱疹予防のためにワクチンを接種する。

プロデューサーの思い

出版プロデューサー 野澤 汎大

『次世代パンデミックに備える─感染症の文明史』の出版のため2021年から3年間、著者とともに二人三脚で共走して来た。プロデューサーとして、今後の取り組みについて思いを伝えたい。

コロナパンデミックは、地球環境と人間環境が重なり合った新しい型の環境災害だった。これは2024年12月7日に放映されたNHK新プロジェクトX「日本中が驚いたコロナクルーズ船の集団感染混乱の中に飛び込んだ医療者たちの葛藤と涙」を見てそう思った。

次なるパンデミックに備えるために、正しい知識の普及と合わせてエンターテイメントを含むさらなる心に響く情報発信「物語」が大事だと認識している。

「コロナパンデミック」をテーマとした作品を書きたいという小説家が現れたり、またはマンガの原作の知恵を借してほしいという漫画家がいたら著者と相談して協力したい。

世界的な文学作品ではフランスの作家・アルベール・カミュの『ペスト』(1947年)が有名である。日本では、コロナパンデミックをテーマとした小説には、一穂ミチのアンソロジー『ツミデミック』(2024年度直木賞受賞作)が存在する。

著者の井上栄さんには、今回の『次世代パンデミックに備える─感染症の文明史』のほかに翻訳書『コレラ、クロロホルム、医の科学 近代疫学の創始者 ジョン・スノウ』(メディカル・サイエンス・インターナショナル発行 2019年9月刊)がある。

著者が持っているこの二つの強みを生かして、近代疫学の創始者ジョン・スノウを現代や未来に甦らせたオリジナルな日本の疫学探偵の登場は十分可能性があり、出版メディアに興味を持ってもらえるコンテンツだと考える。

たまたま、日本SF作家クラブには小説家だけでなく漫画家や音楽家、あるいはAIの研究者まで幅広い専門家が参加しているので、手法のひとつとして「SFプロトタイピング」の分野で検討してもらえるかも知れない。こうした方向で努力を積み重ねて行くことこそ、全人類が体験した「コロナパンデミックの記憶を語り続ける」ことに繋がるのではないだろうか。

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