環境条約シリーズ 393世界遺産・知床 携帯電話基地局の建設事業
2024年12月16日グローバルネット2024年12月号
前・上智大学教授
磯崎 博司(いそざき ひろじ)
22年4月に北海道知床半島沖で起きた観光船沈没事故では船長の携帯電話がつながらず対応が遅れた。その携帯電話不感地帯解消のための推進会議が設置され、世界自然遺産の核心地域である知床岬(斜里町)と東側のニカリウス地区(羅臼町)に携帯基地局の建設が計画された。しかし、本計画は知床世界自然遺産地域科学委員会(科学的知見に基づく助言機関)の審議対象とはされず、23年8月と24年2月の同委員会の会合で環境省は、顕著な普遍的価値に影響する可能性のある「大規模な新規工事」ではないとの報告にとどめていた。科学委員会での詳細説明・審議や一般公表が不十分なまま、24年3月末に環境省は本計画を許可した。
4月下旬の推進会議の後になって、知床岬での総工事面積が26,000m2に及ぶこと(264枚の太陽光パネル電源を約7,000 m2の敷地に設置、アンテナまで約2 kmの電線の埋設)が判明したため、5月に斜里町は遺産地域への悪影響を危惧して計画の見直しを求めた。猛禽類の研究者からはオジロワシ(天然記念物・絶滅危惧Ⅱ類)への影響調査の不備が指摘され、全国的な反対署名や意見表明も行われた。その中では、上記沈没事故後の改正で義務的船舶無線は業務用無線または衛星電話に限定(携帯電話は除外)され、携帯各社も衛星通信を進めており、本計画より費用も少ないため、衛星電話の導入を支援すべきことも指摘された。
これらを受けて工事は中断され、環境省は現地調査を行った。科学委員会も6月7日に緊急会合を招集し、事業者に工事の中断とオジロワシなどへの影響の再調査を求めた。なお、その会合では、環境省の提出資料における漁船数の不備や世界遺産条約作業指針の誤った説明(世界遺産委員会への事前通知対象の「新規工事」を「大規模な新規工事」と)も指摘された。
その後、9月を過ぎても事業者は再調査計画を提出しなかった。10月11日に開かれた推進会議において、知床岬地区での事業は地元合意が存在しないため凍結とされたが、ニカリウス地区の事業は地元漁業者や羅臼町の要望があるため継続されている。