フォーラム随想戦前の延長線上にある今日
2024年12月16日グローバルネット2024年12月号
千葉商科大学名誉教授、「八ヶ岳自給圏をつくる会」代表
鮎川 ゆりか(あゆかわ ゆりか)
来年終戦80周年を迎えるこの夏、太平洋戦争に関わる本を何冊か読んだ。その中で最も衝撃的だったのが、小林エリカの『女の子たち風船爆弾をつくる』だ。
私の母校が米国を狙った風船爆弾を作ることに動員されていたことが詳細に描かれているが、小学校から高校まで通った期間、一度も聞いたことのない話だった。
それは「機密」だった。戦後30年目に、当時の先生が、戦争中に行っていたことを文集としてまとめようと提案し、女の子たちは「戦時中の工場通い」という文章を寄せ、出来上がったのが、『いくさの中で学んだ思い出』。女の子の一人は、自分がやっていたことを調べて、『風船爆弾 青春のひとこま 女子動員学徒が調べた記録』にまとめた、とのこと。
小林エリカはこれらや他の資料を調べ、当事者にヒアリングを行い、それをまとめたのが本書だ。
本書は戦前・戦中に、いかに普通の人々が戦争に「加担」させられていくかがリアルにわかる。今年、第78回毎日出版文化賞を受賞し、選考委員の島田雅彦は、「戦争反対派にも、推進派にも、等しく欠けているのは、自分がどんな日常に放り込まれるかについての具体的想像力である。(中略)作者は読者をリアルなタイムトラベルに誘う優れたガイドたりえている。」と論評している。
例えば靖国神社は、黙って通るわけにはいかない。必ず黙祷し、お辞儀をする。南京大虐殺が起きたとされている南京攻略戦(1937年)は「私たちの軍隊が、爆撃を繰り返し」、南京が陥落して「わたしたちのもの」になると祝賀会が開かれる。万歳三唱。銀座の街に「祝南京陥落」の巨大な風船アドバルーンが揚げられ、デパートでは「南京陥落セール」。日本の日の丸、旭日旗、ドイツのナチスのハーケンクロイツ旗、イタリア王国旗が飾られ、「世界三強の盟友が日独伊防共協定」を結んだことを祝っている。
また「金属の供出」では、母校の「校門の鉄扉を取り外し、レンガの塀の上についていた鉄の飾り」を先生が取り外して供出する。ドアノブや暖房機、排水口のふたの金属も剥がして供出するなどは、生々しい。「勤労奉仕」では授業の代わりに兵隊さんのための作業をする。その一例は兵士のふんどしの布を折り畳むことで強烈だ。
そして女の子たちの手が繊細で、紙を貼り合わせるのに向いているから、と言われて、風船の材料となる和紙を、こんにゃくから作られた特殊な「のり」で貼り合わせていく作業を、東京・日比谷の宝塚劇場に造られた工場へ通って行っていた。引率の先生には、私が知っている先生もいた。
日本が敗戦を迎えると、アメリカ軍がやって来て、日本を占領。大人の女たちが、米兵のための慰安所に送られる。女の子たちは、すでに高等女学生で、占領されるということはそういうことなのだ、と初めて知る。東京は、日本語ではなく英語、アルファベットがあふれ、大人たちは、それまでと正反対のことを言い出し、すべてがひっくり返ってしまった。
しかし、朝鮮戦争が始まる1950年頃には、自衛隊の前身の「警察予備隊」ができ、戦争を指揮していた「男たち」がまたそこで活躍するようになる。「わたしは、大人たちの裏切りを、大人たちの掌返しを、大人たちの欺瞞を見る」と女の子たちは語る。
その女の子たちは今92歳か93歳。2021年の東京オリンピックで花火が上げられ、ドローンで五輪のマークを描く様を見ていた。
この本で最も「衝撃的」だったことは、敗戦で日本は大変化したようだが、すぐに元に戻り、その延長線上に、今日がある、という日本の実態が、事実をフォローしながら示されていることだ。
一昨年の年末、タレントのタモリが「来年は新しい戦前になる」と語り話題になったが、本当は「戦前の延長線上に今日がある」が正しいのではないだろうか。