そんなに急いで どこへ行く?〜”夢の超特急”リニア沿線からの報告〜第7回 甲府地裁、工事差し止め却下(山梨県南アルプス市)

2024年11月20日グローバルネット2024年11月号

ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)

●「もっと早く出せばいいのに」

山梨県南アルプス市の沿線住民6人がJR東海を相手どり同市内のリニア中央新幹線建設工事差し止めを求めて甲府地方裁判所に起こした裁判は今年5月28日、提訴から5年を経て判決が下された(本誌今年3月号に経緯)。

「主文 原告らの請求をいずれも棄却する」―。新田和憲裁判長の声が法廷に響いた。「(こんな判決なら)もっと早く出せばいいのに」「(昨年12月の結審から)半年も待たせて」。裁判所の「現地検証」が実現したこともあっていちるの望みを抱いていた原告や支援者は、落胆の思いを口にしながら法廷を後にした。

リニアは品川―名古屋間約286 kmの9割近い約246 kmがトンネルだが、残りの地上部約40 kmのうち約27 km(山梨実験線を含む)が山梨県内に集中している。実験線では日照や騒音、振動などによる被害が相次ぎ、岐阜県瑞浪市で現在起きているのと同じような水枯れも多発した。南アルプス市の約5 kmは、品川方面から名古屋方面へ北東から南西に高さ20~35 mの高架橋で通過する計画のため、多くの住宅地を斜めに横切る。

原告6人が所有する住宅や工場、農地をリニアは横切るか、至近距離を通る計画だ。裁判で原告は、リニア建設予定地になったために土地や建物の価値が下落して将来の生活設計が台無しになり、既に精神的苦痛を負っていると主張。リニア建設中や開業後に、騒音、振動、低周波音、日照、電磁波の被害、眺望喪失や景観破壊などの「公害」が発生し、人格権(身体的人格権、平穏生活権)や財産権を侵害すると指摘。市内の工事差し止めと財産的損害への賠償などを求めた。

原告は、被害の程度が社会通念上、我慢すべき範囲かどうかという「受忍限度論」により差し止めの是非を判断すべきと主張。リニア計画は自然環境や生活環境を破壊する著しく無謀な計画で、2015年12月の着工からの進捗状況から見ても今世紀中の開業は実現不可能なため、「公共性は認められるが公益性は認められず、原告らは我慢を強いられる理由がない」と訴えた。

●「高度な公共性、公益性」

これに対し新田裁判長は判決で、リニア事業には「国際競争力の向上や災害対策等も見据えた国家レベルの大きな社会経済上の意義がある」として「高度な公共性、公益性が存在するものと認められる」とJR東海の言い分をあっさりと認めてしまった。

その上で、騒音については、リニア工事中や走行時に「何らかの騒音被害が生じることが予想される」としながらも、JR東海が「各種の規制基準に従って工事を実施する」「新幹線環境基準を遵守する形での騒音対策を講じる」「防音防災フードの設置区間で騒音レベルは新幹線環境基準を下回ると予想されている」「フードのない区間でも防音壁を設置し、個別の対策として家屋の防音工事等の措置を講じる」としていることを挙げ、「工事自体を差し止める必要があると認めるのが相当であると判断される程度の違法性が存在するとは認められない」とした。

また振動についても、工事中や走行時に「何らかの振動が生じることは被告(JR東海)も認めている」としながらも、原告が具体的な振動被害を立証できているとは言えないとして「原告らに具体的被害の危険性が存在すると認めるに足りる証拠はない」と判断。JR東海が「16両編成による走行時に予測される振動レベルは指針の基準値(70dB)を下回る62dB以下」「在来型新幹線より地盤振動が小さくなるという特徴を有している」と説明していることを挙げ、「被害の程度は大きいとは言えない」とした。他の「公害」の訴えについても、判決はJR東海の主張を「丸のみ」した。

原告の秋山美紀さん(52)の場合、一戸建て住宅南側の庭をリニア高架橋が斜めに横切る計画だ。窓を開けるとすぐ目の前、家屋から約2mしか離れていない。ところがJR東海から示されたのは移転ではなく、リニア用地にかかる「三角形」の土地の買い取りと、1976年に出された旧建設省事務次官通知(2003年改正)に基づいた最長30年間の「日陰補償」だった。

判決は日照被害について「リニア路線の直下又は至近の土地に対し、相当程度の日照阻害が生じることはやむを得ない」と認めつつも、JR東海が「基準に基づいた相応の補償を講じるとしている」ことを挙げ、「違法性が存在するとは認められない」と切り捨てた。

「ここまでしか買いません」と庭の一部買い取りを持ちかけられたと話す秋山さん(2019年11月、山梨県南アルプス市で)

●「泣き寝入りになってしまう」

秋山さんの住宅の土地のうち、JR東海がリニア用地にかかる部分しか買い取らないとしていることについても、「提示された条件をそのまま強制的に受け入れることが義務付けられているわけでもなく、提示された条件に再検討を求めたり、対案を提示することが不可能とされているわけでもない」として、「不法行為に当たるとは認められない」と突き放した。

富士山を望めるのが秋山さんの家の自慢だが、高架橋で遮られてしまう。判決は家の周囲に複数の住宅が隣接していることを挙げ、「眺望が、法的保護の対象となると言えるまでの格別の価値ないし当該利益の享受が社会通念上、客観的に独自の生活利益として承認されるべき重要性を有するとまで言えない」とした。

原告らは、リニア建設予定地になったために土地や建物の価値が下落したと訴えていたが、判決は「工事の着手に伴い、原告らの所有地の財産的価値もある程度下落している可能性がある」と認めながらも、「交換価値自体、社会経済情勢等によって変動し得る一方、リニアには高度な公共性、公益性が認められるので、所有地の財産上の交換価値の下落という不利益は、原告らの受忍限度の範囲にとどまる」と断じた。

そもそもリニアは自然環境を破壊し公益性がないという訴えに対し判決は「トンネル工事が自然環境に一定の影響を及ぼし得ることは否定できない」としつつ、JR東海が環境影響評価書を取りまとめるなど「自然環境保全への対応を行っていること」から「本事業が反公益的であると言うことはできない」とした。

全長約286 kmもあるリニアの環境影響評価(環境アセスメント)の手続きは「計画段階環境配慮書」の公表(2011年6月)から最終的な「環境影響評価書」の公告(14年8月)まで、たった3年。そのずさんさは沿線住民や有識者から口酸っぱく指摘されてきた。

その不十分さを補い大井川の水資源や南アルプスの生態系を守るため、静岡県や国の有識者会議が長年にわたってJR東海を指導してきた。岐阜県瑞浪市で進行中の水枯れでは、環境影響評価書で「地下水の水位へ影響を及ぼす可能性」を予測し、「薬液注入」など対策を講じることで「地下水への影響を低減できる」としていたものの、その公約は守られなかった。判決は、これらの事実に真摯に向き合ったと言えるだろうか。

判決後、雨の降る甲府地裁前で、原告代表の志村一郎さん(82)は報道陣の取材に応じた。「まったく理解できない。実験線自体であれだけ欠陥が出ているわけですから、(本線では)それ以上にひどいことになる。(棄却は)理由がまったくわからない」

秋山さんは山梨県弁護士会館で開かれた報告集会で「ショックで言葉がないです。少しでもいい方向にって思ってたんですけど」と言葉を絞り出した。梶山正三弁護士は「被告の言うことをうのみにして、原告の損害、健康被害、環境被害、生活妨害について、リニア事業に公益性があるから我慢の限度内だと、ありきたりの非常につまらない判決だ」と批判した。

原告6人は判決を不服として東京高裁に控訴。10月21日に開かれた控訴審第1回口頭弁論で志村さんは意見陳述し、「このままでは泣き寝入りになってしまう。我慢しろで片付けてもらいたくない」と訴えた。一方、JR東海は控訴答弁書で「控訴棄却」を求めている。

タグ: