特集/IPCCシンポジウム報告 IPCC第7次評価報告書に向けて~暑すぎる地球で暮らす私たちにできること~<パネルディスカッション>行動を促すIPCC評価報告書にするには何が必要か?
2024年11月20日グローバルネット2024年11月号
モデレーター:
東京⼤学⼤学院⼯学系研究科教授、IPCC AR6 WGⅡ第8章査読編集者
沖 ⼤幹さん
パネリスト:
IPCC AR7 副議長、タンザニア気象庁長官代行
Ladislaus Chang’aさん
IPCC AR7 WGⅡ共同議長、アムステルダム自由大学教授
Bart van den Hurkさん
IPCC AR7 WGⅢ共同議長、マレーシア国民大学教授
Joy Jacqueline Pereiraさん
東京大学先端科学技術研究センター准教授、IPCC AR6 WGⅠ第3章主執筆者
小坂 優さん
IPCC AR7 TFI共同議長
榎 剛史さん
慶應義塾大学経済学部准教授、IPCC AR6 WGⅢ第15章主執筆者
森田 香菜子さん
本特集では、9月12日にAR7の議長団を招き、第6次評価サイクル(AR6)報告書の国内執筆者も交え、東京都内の会場で対面方式・オンライン方式併用で開催されたIPCCシンポジウム『IPCC第7次評価報告書に向けて~暑すぎる地球で暮らす私たちにできること~』(主催:環境省、文部科学省、経済産業省、気象庁)における、基調講演とパネルディスカッションの概要を編集部でまとめ、報告します。なお、当日の発表資料はhttps://www.gef.or.jp/news/event/240912ipccsympo/をご覧ください。
異常気象の影響と適応
沖:日本は今年も暑かったですが、ヨーロッパも暑く、タンザニアでは極端現象が起こったそうです。これは温暖化の影響と説明できるのでしょうか。
小坂:異常気象というのは自然の変動だけで起こり得る、過去の記録に照らしてみるとまれな気象という意味で、人間の影響はその確率や強度を変えるのです。今年の日本の暑さは人間の影響がなければほぼ起こらなかったことが速報的な解析で示されています。ただ、統計学的な説明だけでは一般市民にはなかなか響かず、天気予報のような、よりなじみやすい言葉を使った説明が重要だと思います。
Hurk:異常気象の原因だけでなく、インパクトを見ている研究もあります。
小坂:日本のいくつかの研究プロジェクトでは、社会への影響とつなげているものがあります。人的影響とそのインパクトをイベントアトリビューションでつなげるというのは重要な視点だと思います。
沖:日本では降雨や洪水など過去の記録を将来の予測に使っています。例えば降雨量が10%増えたらどうなるか、20%になると洪水のレベルがどう変わるか、そして貯水池や河川の計画を考えるのです。
Chang’a:異常気象の頻度と激しさが増しています。タンザニアのキルワ・マソコでは、通常5月の平均降雨量が96.6mmなのですが、今年は24時間以内に300mmを記録し、甚大な被害がありました。沖先生がおっしゃったように計画や設計というのは昔からの記録に基づいて行えますが、今は異常性がこれまでの経験を超えているのでできないのです。
また、東アフリカの沿岸では今までなかった熱帯性低気圧が今年は2つ発生し、タンザニア沿岸で記録的な降雨をもたらし、多くの方が亡くなり、インフラも破壊されました。このような異常気象が強度も頻度も増しているのです。
Pereira:国によっては、洪水の予測が改善しているものの、新しい科学的なアジェンダを検討するためには、影響のアトリビューションの検討が必要だと思います。このアトリビューションの側面をどのように取り入れるのかも重要です。特に、中所得国といわれる所にとっては重要です。
沖:Pereiraさん、マレーシアまたは東南アジアではどのような異常な気象が起こっていますか。
Pereira: AR6の予測で東南アジアのモデルがあり、一貫して言われているのが降雨量、頻度、そして強度が増すということです。すでに多くの現象が起こっており、特にマレーシアでは洪水対策がますます困難になってきています。頻度が増してきているため、新しいインフラを付け加えていかなければならない。こういった側面を考慮しなければいけないと思います。
沖:インフラの再設計をするということですね。ほとんどの先進国でもやはり設計を再構築しなければいけないのでしょうか。
Hurk:オランダでは適応という言葉が言われるようになる前、つまり500年ほど前からレガシーとしてありました。しかし数年前、中央ヨーロッパで大きな洪水があり、オランダでも予期せぬこういった事象は今後も続くだろう、インフラ対策だけでは十分ではないということに気付き始めています。
市民の啓発活動や避難場所の周知など、また発生後の損害や損失などの要素も政府からのサポートとして必要になるので、洪水対策のパラダイムの一部に含めていかなければならないと思います。
Chang’a:日本の気象庁の方に質問したいと思います。異常気象というのが、私たちのニューノーマルになりつつありますが、日本の気象庁としては、どのような取り組みをしているのでしょうか。
気象庁気候変動対策推進室長 経田:気象庁は異常気象が起きたときになるべく早く情報を出すことに努めています。その対象は国内だけではなく、海外も含んでおり、海外の気象機関の支援だけでなく、海外に展開している日本企業の支援も視野に入れています。夜間に強い雨が見込まれた際は、避難の時間を考えて前日の夕方までに情報を出すという取り組みもしています。
高まるティッピング・ポイントへの関心
沖:ティッピング・エレメントに対して次の報告書ではどんなことが言えるようになりそうですか。
小坂:ティッピング・ポイントが今かなり注目を集めていますが、かなりの不確実性があります。どういった条件下で超えるのか。どういったティッピング・エレメントがあるのか。知識はまだ限定的ですが、これは気候モデルやそれ以外の物理的な理解に大きく関わってきます。私はこのトピックの専門ではありませんが、国際的なプロジェクトでも評価が行われるなど、今、精力的に研究されています。その理解について、AR7で進捗が見られると思っています。
Hurk:このサイクルが始まったときの総会では多くの国がティッピング・ポイントの特別報告書を提案し、かなりの関心があることは確かです。適応に関するアクションやインパクト評価を拡大していくべきです。世界の適応の取り組みは、もっと早く進めていかなければならないと思っています。そして、金融システムにもつなげていかなければ、適応の資金が使えないことになってしまいます。
適応についてAR7でより詳細な情報を提供できるか
沖:WGⅡにおいてAR6まで、自分の地域はどうかという質問がたくさんあったと思いますが、AR7ではより詳細で具体的な情報をどのように提供できるのでしょうか。
Hurk:バランスよく、場所そのものに的を絞ったものも必要だと思います。リスクを説明できれば適応のスケッチも描けるので、第5章では、都市レベルのケーススタディを示しています。
沖:AR6では、WGⅠの気候変動の地図を掲載し、将来的に気候、温度、降雨状況はどうなるのか、各場所で知ることができるようにしました。同様のシステムをWGⅡでも期待できるのでしょうか。
Hurk:もちろん、そのようなオプションを提示したいと思います。私自身は、アジェンダの一つとして考えています。
AR7でどのように緩和の取り組みを支援できるか
沖:温室効果ガスが地球のどこから、どのセクターからどのぐらい出ているか、どれ程わかっているのでしょうか。
榎:各国からの温室効果ガスの排出・吸収量を理解するにあたり、TFIからは、算定方法や報告フォーマットのガイダンスを提供するという役割があります。すべての国がこのガイダンスに従って温室効果ガスインベントリを報告することによって、比較可能な形で排出・吸収量が把握できます。パリ協定の下で、途上国を含むすべての締約国は2年ごとに温室効果ガスインベントリを報告することになり、われわれは各国の目標達成に対する進捗状況を確認することができます。また、TFIは途上国の排出・吸収量の算定を支援するソフトウェアも作っています。
沖:科学はIPCC、各国の排出量はUNFCCCの枠組みですが、科学から見たときにUNFCCCの温室効果ガスインベントリや各国の排出削減をもっと助けられる点があるかどうか、あるいはこういうところを科学が助けないと今の国際的な枠組みがなかなかうまくいかない、というようなことはありますか。
森林や土地の変化というのは、エネルギー消費に伴う温室効果ガスの排出に比べ、さらに不確実性が大きく、なかなか各国の合意や信頼関係を作るのが難しいと思うのですが、そのあたりは今後どのように進展しそうでしょうか。
森田:土地の問題だけでも各国の合意や解決はとても難しいのです。まず、AR6の間でこれまでと流れが大きく変わったこととしては、民間セクターの気候変動の緩和策の取り組みが加速し、民間セクターも気候変動対策をすることが当たり前になったことがあります。条約を超えた民間の取り組みを加速する議論や試みも増え、土地分野も含めて、さまざまな取り組みが全体として本当に排出削減につながっていくかを見ていくことが重要となってきていると思います。
AR6の「投資とファイナンス」の章は、気候変動枠組条約へのインプットだけではなく、そのスコープを超えて金融の関係者などにも役立つことも視野に入れて議論していました。IPCCはもちろん気候変動枠組条約の政策的議論に貢献することが求められていますが、条約を超えた気候変動に関わる議論にももっとインプットし、科学者も条約の外で議論している人たちのニーズも理解することが必要になっていると思います。
Pereira: AR7では政府が適切と考え行動できるよう、短期的に実行可能な推奨事項が必要になります。また、政策に対して中立でなければいけないということも忘れてはなりません。
沖:これから、新しい緩和のアクションは何かありますか?
Pereira:AR6のサイクルの中でエネルギー、農業、森林及びその他の土地利用、建築物、運輸や産業などすべてのセクターで多くの緩和オプションを提供し、潜在的コストも評価しました。国、状況やタイムスケールによっても異なりますが、AR7ではこれらの側面についてもすべて評価する予定です。
Hurk:投資家、保険側のアクティビティというのも、次の評価ではセクター参加が必要だと思います。 NDCやセクター側のコミットメント、例えばグリーン投資のポートフォリオがどうなっているのか、その評価も必要だと思います。
森田:ファイナンスは気候変動の対策すべてに関わる問題なので、もっとハイライトしていただきたいと思います。AR6ではWGⅢの下に投資とファイナンスの章があり、その中で緩和だけでなく、適応にも少し触れてはいましたが、ファイナンスについてもっと広く議論できる場は必要だと思います。
沖:もし、2℃の目標を達成するとしたら、大規模なマイナスの排出が必要なわけですが、いつ、どのタイミングで、どのぐらいそれが達成できると思いますか?
Pereira:マイナスの排出というのは、AR6の統合報告書の中では、実施された政策と緩和の戦略に整合する世界全体の排出経路に関する図SPM.5で言及があります。例示的な緩和経路は、CO2および非CO2の排出源と吸収源のセクター別の寄与が地球温暖化を 1.5 ℃に抑えることに整合していることを示しています。さまざまなモデルにおける正と負の両方の排出についてさらなる洞察を得るために、新しい文献を求めています。どのモデルにも限界があることを踏まえ、より多くの文献が発表されることを期待しています。
Hurk:WGⅡにおいて、ネガティブエミッションは排出のシナリオもしくは世界の気温に大きく依存します。適応だけではなく、長期のリスクマネジメントの執筆者がすでにAR6でも書いています。適応型の政策のパラダイムが参照点であり、2100年というのでなく、今、進みながら調整し、そしてAR7でも評価していかなければなりません。ネガティブエミッションというのが、もしかしたら土地ベースの食料生産や生態系の機能を損なうかもしれない。そういった研究もあります。
緩和に追加の適応の効果があるということではなく、適応が緩和の方にフォローしているということなので、例えばWGⅡとWGⅢの側面をもっと強力に統合していく必要があると思っています。
沖:もし大気中からCO2を除去して排出を削減した場合、気候変動は逆方向に向くことが期待できるのでしょうか。
小坂:CO2濃度が減少に転じると、グローバルな平均気温は下がってくる。10年程度の遅れで効果は出てくると思います。ただ、それがすべてではありません。CO2レベルを産業革命前まで下げたとしても、グローバルな気温は直ちに産業革命前に戻るというわけではありません。というのは海への影響があるからです。温暖化のフェーズで海は熱を吸収するため、大気の昇温を抑制する役割を負っていました。でもその後CO2を削減すると、今度は海が熱源になり、海が過去に吸収してきた余分な熱を放出することになるため、気温はある程度のレベルで保たれてしまいます。なので、温暖化の効果はCO2のレベルを産業革命前まで戻したとしても残ってしまいます。
また、この熱の放出は北大西洋、南大洋など特定の地域で起こります。そうなると大気の循環を変えるので、グローバルな降水分布にも影響を及ぼします。そのため、研究者たちは、CO2濃度を削減するシナリオでの気候研究を進めているところです。これもやはりAR7に係るべき大事なことで、もしかしたらこれは将来につながる研究分野になるかもしれません。
沖:都市に関する特別報告書において、なぜ気候変動の文脈の中で都市がホットスポットとして扱われているのでしょうか。
Hurk:世界の人口はどんどん都市部に流入していますが、経済がそこに集中し、産業もモビリティも集中するため、これは緩和活動のホットスポットにもなり得ます。そのため、もっと効率的な措置で緩和を図っていける可能性があるのです。一方、人が集中しているため、気候変動や異常気象のインパクト、食料供給の分断、干ばつなどによって、そこの人たちが大きな影響を受けることになります。だからこそ、特別報告書をまとめる意味があるのだと思います。
AR7への期待
森田:気候変動対策とSDGsは国際的には異なるプラットフォームで議論されていますが、それらのシナジーとトレードオフも考える必要があります。IPCCのレポートでも触れられていますが、水平的、垂直的な政策統合が必要になってきます。水平的な政策統合というのは、例えばさまざまなセクターや、気候変動とSDGsなど異なる問題との横のつながりを見た政策統合、垂直的な政策統合は、例えば国際と国内レベルの政策統合で、いずれも考えていく必要があります。さまざまなレベルの人たちに良いシナジーを生み出す取り組みを伝えられるよう研究も進め、それがIPCC の中でも明確に記述されるとよいと思っております。
小坂:WGⅠは起こったことに対する人間の寄与や、将来の気候の変化、それがもたらす極端気象など、どうしても人を不安にさせるようなメッセージが多くなってしまいます。身近に感じるような現象と気候変動を関連付けるような試みは重要で、AR7でも引き続き重要なメッセージだと思います。一方でそのようなメッセージばかりを聞いていると、人びとは目を背けてしまいます。気候変動に対してどのようなアクションが可能か、WGⅡとWGⅢにポジティブなメッセージを出してもらい、さらに各WGをつなげることが必要になると思います。
榎:「包摂性」というのは、私にとってのキーワードでもあります。この評価サイクルにおいてTFIは各WGとのコラボレーションが必要です。SLCF、CDR、CCUSに関し、より良いレポートにし、より幅広く報告書を知っていただくという意味でもそういった協力がとても必要になるので、できる限り他の共同議長と一緒に、協力していきたいと思っています。
Pereira:先に進むにあたって大事なのは、温室効果ガスの大気中への排出削減が地球温暖化を抑制するために重要であるというメッセージを失ってはならないということです。適応には限界があるからです。また、科学的な知識ギャップの領域にはどのようなものがあるのか、執筆者の募集要項をご覧いただきたい。各WGや分野横断的なセクターでは何を求めているのか、日本の科学者たちにもぜひ目を向けて、貢献してもらいたいと思っています。
Hurk:意思決定者たちに情報提供するだけでなく、深く入り込み、オペレーションもしっかり見ていくことが必要だと思います。意思決定というのは、時にはシナジーもありますが、トレードオフもあり選択が必ずあります。選択肢を提供するというだけではなくてそのプライオリティもしっかり示す、あるいはそのタイミングを示すことが必要です。
Chang’a:この報告書は、第2回グローバル・ストック・テイク(GST2)への情報提供を含め、政策や意思決定に大きな影響を与えるでしょう。私たちも積極的に情報を発信することで、評価報告書の知見の認知度と有用性を高め、気候変動対策の強化に貢献することを提案したいと思います。
沖:AR7に向けて、IPCCではこれまでの経験を踏まえ、できるだけ縦割りでない形で、伝わりやすいものを作ろうとしています。それにはまず評価報告の対象となる論文が必要になるため、日本からもいろいろなグッドプラクティスを提供できるようにするといいと思いました。
また、「一般人にはどういうことができますか」という質問が寄せられていますが、単に我慢をするというのではなく、気候変動に対しもっと積極的にアクションしていく、日々の行動の中でそういう意思を示すといったこともAR7に入っていくことを期待します。
(以上、グローバルネット編集部まとめ)