INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第86回 日中環境協力の悲観的な展望
2024年10月17日グローバルネット2024年10月号
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)
今回は日中環境協力の話題を取り上げてみたい。正直に言うと、この話題は全容を語るのが意外と難しいテーマである。まず、「環境」という言葉(概念)がカバーする範囲の定義が難しく、ばらつきがある。政府開発援助(ODA)でも必ずしも明確に分類されていない。上下水道のインフラ整備や一部の衛生(廃棄物処理)に係る分野に分類されていても、環境分野にも含めることができる。また、汚染物質排出削減の観点からエネルギー転換や省エネルギー対策に係る分野も含めることもできる。緑化・植林なども林業分野に含めると同時に環境分野に含めることもできる。
「協力」という言葉もまた然りである。ODAのような相手国政府機関等に金銭物品を供与(貸付を含む)したり専門家を派遣して技術指導したりする援助型の協力から、日本企業への補助金の支給を通じた相手国への技術・設備導入促進の間接支援、共同研究実施形態の協力、研修などの人材交流方式の協力などさまざまあるし、共同研究や研修については双方の費用の負担割合や受益の程度によっても捉え方が異なってくるだろう。共同研究で日本側の受益の方が大きくなれば、相手国が日本に協力したことになる。余談になるが、中国政府による共同研究名目のパンダの提供は、どのように整理されるであろうか。これも日中環境協力に含まれるのであろうか。
このように、「環境」や「協力」という言葉が意味するところはさまざまな解釈や捉え方があると思うが、ここではこれらについてあまり厳密に整理せずにざっくりと振り返ってみることにしたい。
対中ODAの振り返り
わが国の対中ODAは、1979年12月に大平正芳首相が中国を訪問し、中国の近代化への協力要請に応える旨を表明して始まったとされている。2021年作成の国際協力機構(JICA)中国事務所の資料によれば、2019年度までの40年間に累計で約1,900億円の技術協力、約3兆3,200億円の有償資金協力(円借款)、約1,400億円の無償資金協力(注:JICA担当分のみ)が行われてきた。このうち、技術協力は1997年度がピークで、単年度で初めて100億円を超えた。円借款も1997年度から2000年度がピークで、単年度の借款額が2,000億円を超えた。日本が世界最大の援助国と言われていた時代のことである。
その後、中国の経済成長とともに援助額は次第に減少し、2007年度をもって新規の円借款は終了し、無償資金協力(JICA担当分)も2014年度をもって終了した。この間2010年には中国のGDPは日本を抜いて世界第2位になった。2018年10月に中国を訪問した安倍晋三首相は2018年度をもって新規ODA終了を表明し、すでに採択済みの技術協力等の継続事業も2021年度末をもってすべて終了した。
環境分野の対中ODAなど
環境分野での実施プロジェクト数や援助総額について見ると、上述のように「環境」の定義や分類の仕方により変わるが、同上JICA中国事務所資料によれば、技術協力および無償資金協力事業では「環境行政」の分類で日中友好環境保全センター設立計画など合計100プロジェクトが実施されたほか、「公共・公益事業」や「農林水産」の分類の中でも農村汚水処理技術システムおよび管理体系の構築プロジェクト、太行山地区における多様性のある森林再生事業など数多くのプロジェクトが実施された。円借款では「林業」の分類で黄土高原植林事業など合計12プロジェクトに約900億円、「上下水道・衛生(注:廃棄物を含む)」の分類で北京市上水道整備事業など合計41プロジェクトに約3,500億円、「総合的環境保全」の分類で環境モデル都市事業など合計24プロジェクトに約2,400億円が貸与された。1996年度以降の円借款では環境分野に分類されるプロジェクトへの供与額の割合が高くなり、2001年度以降では全体の約7割を占めたという報告もある。
以上のような外務省・JICA系統で実施したODA以外にも各省庁や地方自治体がさまざまな形で関わってきた。特に経済産業省は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や日本貿易振興機構(JETRO)、グリーンエイドプラン(GAP)などを通じてエネルギーや環境分野の支援を実施してきた。環境省でも規模は大きくはないが、環境政策支援型の協力を継続して実施してきた。私もこれらの協力に少なからず関わってきたが、対中ODAと同様に2021年度末をもって終了している。
その他緑化・植林関係の協力ではいわゆる「小渕基金」のような例もある。中国での植林活動を支援するため、1999年に小渕恵三首相が百億円規模の基金設置構想を発表し、国際機関である「日中民間緑化協力委員会」とその事務局である「日中緑化交流基金」を設置したものだ。
日中協力は氷河期に
参考になる統計データが整備されていないので定性的な紹介にとどまってしまうが、NGO等の民間団体、大学等の研究機関、自治体等の交流も近年急速に縮小している。その理由としていくつか挙げられるが、最近の最も大きな影響は2020年初から始まった中国のゼロコロナ政策による渡航・活動制限が挙げられる。約3年間でゼロコロナ政策は解除されたが、査証発給は今なお厳格であり、かつてのように往来は自由ではない。また、政府からの補助金や助成金の減少や2017年から施行された中華人民共和国海外非政府組織国内活動管理法による海外NGOの中国国内での活動に対する大きな制約、反スパイ法など中国の国家安全に係る関係法令の整備・強化も交流を委縮させている。自治体間の交流については今後徐々に復活していくだろうが、環境分野での動きは今のところ見えてこない。
振り返って中国側の状況はどうであろうか。21世紀に入って日本からの援助を受ける一方で、ASEAN、アフリカ、さらには「一帯一路」関係国に対する協力を展開強化している。私の身近で見えるところに限って紹介すると、2000年に第1回中国アフリカ協力フォーラムが開かれて以降、毎年のようにアフリカ諸国に対する環境分野の研修を行っているし、ASEANとの関係では2011年に北京に中国-ASEAN環境保護協力センターを設立し、ASEAN加盟各国との協力を展開している。「一帯一路」関係国とは「一帯一路」グリーン発展国際連盟を組織し、中国生態環境部主導でグリーン・低炭素・持続可能な発展の実現に向けた協力を展開している。インフラ整備への援助だけでなく政策制度構築にも深く関わろうとしている。このように中国は既に援助大国の側に回っている。
今後の悲観的な展望と期待
最後に私見を簡単に述べておきたい。日本の対中(環境)ODAが完全に終了したからと言って、日本の「協力部隊」は中国から完全撤退していいのだろうか。私は違うと思うが、残念ながら日本の現状は「ODAの終了=協力の終了」という短絡的な方程式で、「予算」という協力部隊の兵糧を断つ消極的な方向を向いており、これだけが理由ではないが撤退せざるを得なくなっている。
一方で、中国側にはなお日本との協力にメリットがあると考える向きもあり、中国側が資金を用意して日本との協力を実施するという動きも出てきている。昨年の例を見ると「中国科学技術部とJICA連合研究プロジェクト」の募集があり、環境、省エネ、カーボンニュートラル、医療等の分野を対象とした共同研究の実施のために、中国科学技術部は約12億円の資金を用意した。また、同じく中国科学技術部の公募予算を使って「日中環境協力モデル基地プロジェクト」がスタートした。このプロジェクトはかつて日本のODAで実施していたJICAの技術協力プロジェクトと同じような枠組みだが、資金を出すのが中国側に変わったものだ。このような動きを見ると、今後は日本で資金を用意できないなら中国側の資金を上手に活用して、双方が新たな協力の道を探っていくことになるのだろうか。