そんなに急いで どこへ行く?〜”夢の超特急”リニア沿線からの報告〜第6回 水枯れに備えて「代替水源」(長野県南木曽町)
2024年09月18日グローバルネット2024年9月号
ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)
●「水がめに穴を空ける」
岐阜県瑞浪市大湫町で今年2月に発生したリニア中央新幹線トンネル掘削工事の大量湧水による水枯れや水位低下は、トンネル湧水の減水、止水のための薬液注入も効果なく、いまだに解決の糸口が見えないどころか、8月下旬にはトンネル湧水による可能性がある「地盤沈下」の発生まで明らかになっている。
今回のようにトンネル掘削によって水枯れが発生する万が一の事態に備え、長年にわたってJR東海と交渉し対策を練ってきた自治体がある。大湫町と同じ旧中山道の宿場町・妻籠妻籠宿で知られる長野県南木曽町だ。
南木曽町では、リニアの「中央アルプストンネル」掘削工事が進む。同トンネルは長野県飯田市から岐阜県中津川市まで全長約23.3km、青函トンネルの海底部の長さに相当する。このトンネルが3,700人余りの同町の人口の3分の1を支える水源地帯を貫くことから、「水がめに穴を空けたら水が枯れる」と町民は心配の声を上げてきた。
町内最大の水源地は、妻籠宿から馬籠宿(中津川市)に抜ける旧中山道沿いの山林。2つの水源から取水した「三留野妻籠簡易水道」により、妻籠地区と同町の中心部・三留野地区の一部計769人に給水。非常時には1,139人まで拡大可能だ。さらに、同町にはリニアルート沿いに「向ヶ原」「大山高区」という2つの水源があり、それぞれ149人、247人に給水している。
妻籠の水源地約85haは1999年、長野県の水環境保全条例に基づき「妻籠水道水源保全地区」として指定された。トンネルは保全地区を約900mにわたって貫く計画で、2つの水源から400m前後しか離れていない。保全地区でトンネル掘削工事をするためには、阿部守一知事の同意を得る必要があるため、JR東海は2017年4月、事前協議書を知事に提出した。
この条例は、同意にあたって付した条件に業者が違反した場合、工事中止や原状回復を求めることができる厳しいものだが、JR東海は既に環境影響評価(環境アセスメント)の手続きを終え、14年10月には品川―名古屋間の工事実施計画が国土交通大臣から認可された。15年12月には山梨県早川町で南アルプストンネル(総延長約25km)が着工している。今さら建設中止やルート変更を求めることはできず、抜本的な解決策を打ち出せない段階での事前協議でしかなかった。
●「なぜ水源地にルート」
それでも、阿部知事からトンネル工事の水源への影響や同意するための条件について諮問を受けた県環境審議会は専門委員会(眞柄泰基委員長)を設置。18年3月に答申を出すまでの約1年間、JR東海と対峙して真摯な検討を行った。
JR東海はトンネル工事の地下水への影響について、「トンネル掘削により、トンネル内に湧出する地下水があっても周辺の限られた範囲にとどまり、それ以外の深層や浅層の地下水への影響は小さい」と説明してきた。つまり、掘削するのは深層の透水性の低い硬い岩盤なので、浅層にある水源への影響は小さいというのだ。
一方、「断層付近の破砕帯等、地質が脆弱な部分を通過することがあり、集中的な湧水が発生する可能性がある」とし、地下水位への影響の可能性を認めている。長野・岐阜県境付近には水を豊富に蓄える「阿寺」「馬籠峠」など多くの断層があり、中央アルプストンネルはこれらを貫く計画だ。
これに対し県環境審議会の専門委員会で富樫均委員は「影響がないとするにはそれなりの詳細な根拠が必要。水源の涵養源は浅層の水だと決め付けてしまわずに、(深層の)硬い岩盤の破砕帯や亀裂帯を通じて来ている水もあるかもしれない」と警鐘を鳴らし、JR東海に追加調査を促したこともあった。
そもそもなぜ、水源地を貫くルートを設定したのかという根本的な問いも投げかけられた。織英子委員は「この水道水源保全地区に対する影響をゼロにするためには、この部分にトンネルを通さないという選択肢もあったと思うが、あえて通す必要があるという結論に至った理由は」と質問。JR東海は、恵那山(標高2,191m)周辺の脆弱な地質エリアや飯田市の松川ダムを避け、断層をなるべく直角で通過した結果、「この辺りを通るのが一番最適だった」と説明した。
南木曽町リニア中央新幹線対策協議会委員も務める坂本満町議は17年7月に開かれた専門委員会で「水道水源保全地区の真下をトンネルが通過することが決まっていることに違和感がある。今からでも中止するか、ルートを変更する必要があるのではないか」と訴えたが、眞柄委員長は同年8月の委員会で「万が一のとき、町の他の水源で補完できるかどうか検討しておくべき」と発言、議論は“現実路線”に収束していった。
当時、向井裕明町長は筆者の取材に対し、「水源の水質、水量に影響を与えない方法で工事をやれと(県環境審議会の)先生方が言ってくれることを町としては当然期待している」としながらも、「影響はないと思いたいが、そうは言っても、影響があったときどうするかという対策をJR東海に事前に確約してもらう」と代替水源を備える必要性も口にしていた。
●仮設水道管を事前に設置
「水源に影響を及ぼす事態を否定できないが、現状で明確に判断することは困難」などとする県環境審議会の答申を基に阿部知事は18年3月、「妻籠水道水源に影響が生じないように施工に努める」「影響が生じた場合は、必要な対策を実施する」など14項目の条件を付けてトンネル掘削工事に同意した。
知事同意を受け翌19年8月には、町とJR東海、県、建設工事を受託している鉄道・運輸機構の4者で「必要な発生土置き場(仮置き場含む)を確保した後にトンネル(斜坑含む)掘削を行う」など5項目の「確認事項」を交わした。同年12月には町とJR東海の間で「協定書」を結び、「水道水源の取水量に減少が生じ、地域住民の生活等に支障をきたす場合に、速やかに減少量を補うことができる施設を設置する」と、事前に「代替水源」を確保することを定めた。
「代替水源」はどのように確保するのか。既存の水源は木曽川支流の蘭川の左岸に点在し、中央アルプストンネルはその左岸を貫く。そこでリニア工事の影響が及びにくいとみられる蘭川右岸、床浪本谷の伏流水を代替水源として使用することになった。
JR東海が費用を負担し、町が仮設の水道管を設置。23年6月末までに、妻籠、向ヶ原、大山高区の水源をつなぎ終えた。隣接する岐阜県中津川市で17年10月に着工、南木曽町に向かって掘り進む中央アルプストンネル山口工区(約4.7km)の本坑が県境に迫っている。県境にある妻籠水源に万が一のことがあった場合、向ヶ原、大山高区の2つの水源から給水する計画だ。来年夏ごろをめどに、床浪本谷の代替水源からの給水も可能になるよう仮設水道管の整備を進めている。
とはいえ、課題は残る。23年10月に町、鉄道・運輸機構、JR東海の3者で交わした「確認書」では、工事による水の枯渇や減水が発生した場合、1984年に旧建設省事務次官が通知した「事務処理要領」(2003年改正)に基づき対応するというのだ。この要領では、事業者の維持管理費の負担を、生活用水の場合おおむね30年を限度、農業用水の場合15年を限度としている。
さらに、ここに来て南木曽町に不安なニュースが飛び込んできた。中津川市の山口非常口で昨年末から、湧水が急増。今年4月には1日平均4,000㎥に迫っていることをJR東海が明らかにしたのだ。岐阜県瑞浪市で水枯れや水位低下の原因になっている湧水の倍以上に当たる。南木曽町によると「今のところ影響は出ていない」というが、町民は戦々恐々として見守っている。