特集/第7次エネルギー基本計画の在るべき方向性・プロセスを考える日本の次期温室効果ガス削減目標及びエネルギー基本計画に対する提言

2024年09月18日グローバルネット2024年9月号

日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表
三井住友信託銀行ESGソリューション企画推進部フェロー役員
三宅 香(みやけ かほり)

 現在、日本のエネルギー需給の在り方を方向付ける「第7次エネルギー基本計画」の議論が進んでいます。日本のCO2排出の9割がエネルギー起源であることから、同計画は、パリ協定の下で国連に提出義務のある次期2035年のNDC(国別排出削減目標)を決定付ける面も大きく、1.5℃目標と整合する計画の設定が求められています。
 本特集では、1.5℃目標やその他の国際合意と整合する「第7次エネルギー基本計画」とはどう在るべきなのか。また、第六次環境基本計画で「政策決定過程への国民参画の一層の推進」が記されたことも踏まえ、これまでの政策決定プロセスにどのような課題があり、今後どのようなステークホルダーを巻き込んでいくべきなのか。また、なぜそのような多様な主体の均衡・公正な参画が必要なのかを、関連する提言やレポートを出した3団体に論じていただきます。

 

今年7月、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)は、来年予定される「国が決定する貢献(NDC)」の提出、および現在進められている第7次エネルギー基本計画に向けた提言を発表しました。提言の要旨は囲みに記載の通り、⑴次期NDCを見据えたGHG削減目標を2035年に2013年比で75%以上、⑵2035年の電源構成における再エネ比率を60%以上、そして⑶政策の決め方の改善(エネルギー需要家の参画機会を増やす)、という3点です。当然のことながら、NDCを提出するのは日本だけではなく、各国が自国の事情を鑑みて検討しているところであり、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)は、各国に対してさらに「野心的な」目標設定を呼び掛けています。また、直近の米国IRA(インフレ抑制法案)および欧州のCBAM(炭素国境調整措置)等に代表される各国の気候政策が企業行動に大きな影響を与えることを、われわれは目の当たりにしました。つまり、日本においても気候政策の前提となるNDCとエネルギー基本計画の方向性は、企業戦略そのものを左右し得る重要な要素の一つなのです。

提言要旨
提言(1) 2035年までにGHG排出量75%以上削減(2013年度比)を求める (P3)

 ▷ IPCCは世界全体で67%(2013年度比)の削減が必要と指摘。パリ協定に基づき、先進国は世界に先んじた削減が必要であり、日本は75%以上の削減が必要。

 ▷ 企業の投資判断には中長期の見通し(予見性)が不可欠。よって、1.5℃目標に整合した、一貫性のある政府目標の設定を求める。

提言(2) 2035年の電源構成における再エネ比率を60%以上とすることを求める (P3)

 ▷ 企業の競争力維持・向上のため、安価・安定的に再エネが調達できる市場環境を一刻も早く確立することが必要。

 ▷ 再エネの拡大と産業化は日本のエネルギー自給率の向上と経済活性化に寄与。また、化石燃料を通じた国富の流出を毎年15兆円以上の規模で抑制しうる。

提言(3) エネルギー需要家の参画機会を増やす等、政策の「決め方」の改善を求める (P5)

 ▷ 業種・立場のバランスの取れた政策決定プロセスであるべき。特に、今後のエネルギー需給で重要な役割を果たす需要家の声を政策検討に活かすことを求める。

 

バックキャスティングが必要な理由

気候政策にバックキャスティングが必要とされるのは、気候変動問題には実現しなければならないゴールと期限がある、というのが最大の理由です。2050年までに「カーボン・ニュートラルな世界」を実現し、1.5℃以内に気温上昇を抑えるためには、科学的に推計された、排出できる二酸化炭素の累積排出量の上限値が決まっています。そのゴールに世界全体で2050年までには到達するよう各国が努力をすることをパリ協定で約束しているわけです。

もう一つの理由は、この気候変動問題が、残念ながら「できることをコツコツ」の延長では解決し得ないくらいに困難だからです。今できることを最大限頑張ったときの結果がどうだ、という議論ではなく、1.5℃以内の上昇に抑えるためには、2035年の状態はどう在るべきで、そのためには誰が何をすべきか、という議論が必要です。この考え方は決して特別なものではなく、企業は自社の長期ビジョン策定のプロセスでは当然使います。企業の長期ビジョンは、「このまま順調にいけば、これくらいまで成長できる」というような作り方ではないはずです。10年後の在りたい姿を長期ビジョンとして描き、そのために今何をしなければならないかを中期3ヵ年計画等に落とし込む形で経営戦略を策定する企業が多いと思います。気候変動問題においては、既に長期ビジョン策定のプロセスは終了し、現在は、一回目の中期目標(2030年NDC)の実行中であり、第2期の中期目標(2035年NDC)およびその中期目標を実現するための経営計画の策定プロセスに入ったという状況です。

誰が策定プロセスに参加するのか

中期目標とそれを実現するための実行計画は密接につながっています。この実行計画の根幹の一つを成すのが、エネルギー基本計画であり、それに付随するさまざまなエネルギー政策です。一方、エネルギーを使わない産業はなく、企業が自社の長期戦略を考えるときの前提となる経営環境の分析に欠かすことのできない重要な要素です。ただし、これまでは電気にせよその他のエネルギーにせよ、手に入ることは当然で後はある程度のコスト変動を予測する程度だったのが、今はどれくらいの炭素強度のエネルギーをどれだけ使って事業活動を行うのか、そしてそのエネルギー入手方法まで計画に組み入れなければなりません。企業としては、コストと炭素強度の両方をにらみながら、さまざまな入手方法を駆使して自社にとっての最適解を模索していくわけで、国のエネルギー政策は直接企業の経営戦略に影響を及ぼすといえます。

世界のエネルギー事情が大きく変化する中で、政策を継続的に見直す必要があるのは当然ですが、最近の電力の自己託送制度や部分供給制度の見直しの過程では、需要家企業の間で混乱や不安を引き起こす事態となりました。最終段階でパブリックコメントという形で広く意見の募集がなされますが、制度変更で少なからず影響を受ける立場にもかかわらず、より早い段階での議論に参加することができないことは、制度設計プロセスに対する信頼感を失うことになりかねません。

また、再エネ賦課金の在り方や一部の企業が受けられる賦課金減免制度の在り方を始めとする電力供給に関する制度は多岐にわたり複雑に絡み合っています。これまで長い間、電力の安定供給を当然の権利と享受してきた需要側も、制度への理解を一層深める努力をしなければなりませんが、そのためにも、プロセスへの関与の機会が与えられて然るべきだと考えます。

大きくなるエネルギー需要家の役割

来年、新たなNDCが提出されれば、2035年までの日本の道のりがある程度見えることになりますが、2035年はあくまでも通過点でしかありません。パリ協定ではこの先も5年ごとにNDCを提出することになっています。そして、企業も同様に、自社がこの先カーボン・ニュートラルへの道のりをいかに進むのかという「移行計画」を開示することが求められています。もちろん、この先25年間で予測が難しいこともたくさんあるのは事実ですが、可能な限り予見性を高めることが企業自身の移行計画の蓋然性を高めるのにも非常に重要となります。

冒頭でも述べましたが、近年、欧米諸国での気候政策が企業活動に影響を与える様を見てきました。もちろん、経済の後押しとなった政策もありますが、政治に利用され結果として企業が翻弄されてしまう一面も垣間見たのではないでしょうか。だからこそ、日本らしい進め方を模索することができないかと思うのです。これまでのように、少しずつ各人が自分でできる努力を積み重ねて、実現してきたような削減量ではなく、次元の違う削減を成し遂げなければならない中、需要家としてもデマンドレスポンスやPPA(電力購入契約)等従来の考え方とは抜本的に違う環境下で、産業構造改革を進める必要があります。そのためには、制度設計に関しても、供給側と需要側、そして生活者も含め多くのステークホルダーが透明性の高い議論ができる場が必要なのです。

日本が示すべきお手本

本提言では、再エネ導入の加速や建物の脱炭素などさまざまな分野において実際にJCLPの会員企業が日々現場で直面している課題に対する具体的な提案をまとめました。会員企業間での情報交換や違った業界や立場からの見え方を知ることで、いかに日本の産業構造が複雑に絡み合っているかを痛感しますが、そのプロセスは多くの学びをもたらしてくれます。今こそ、より多くの産業や研究機関、行政が一丸となり日本の「移行計画」を作成できるよう政府のリーダーシップに期待します。

欧米諸国とも違った日本らしい脱炭素に向けた移行計画構築プロセスの在り方と、1.5℃を諦めない強い姿勢を世界に示すことができれば、アジア諸国を勇気付けることにもなり、今一度環境立国日本の立場を取り戻すことができると信じています。

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