環境条約シリーズ 390気候変動訴訟の世界的な展開 国際裁判所による判断

2024年09月18日グローバルネット2024年9月号

前・上智大学教授
磯崎 博司(いそざき ひろじ)

国内裁判所に提訴される気候変動訴訟においては、当該国の法施策が不十分であることの論証として国連気候変動枠組条約およびパリ協定が根拠にされることが普通であるが、近年は、欧州人権条約も援用されている。背景としては、その第8条「私生活・家族生活・住居・通信の尊重を受ける権利」の進化的解釈(重大な健康被害はなくても住居・生活に影響を及ぼす深刻な環境汚染は人権を侵害する)が欧州人権裁判所によって認められていることがある(本誌03年1月)。

さらに、第8条違反の主張が国内裁判所で認められなかった場合に、その原告が欧州人権裁判所に提訴することも増え始めており、24年4月にはスイス政府の気候変動関連の法施策は不十分であり第8条に違反するとの判決が出された。

他方で、国際海洋法裁判所に対して、以下に関する勧告的意見の要請が「気候変動と国際法に関する小島嶼国委員会」によって付託された。それは、温室効果ガスの人為的排出に起因する気候変動による海洋の温暖化・海面上昇・海洋酸性化に伴う有害な結果について、海洋環境の汚染の防止・減少・規制のための、また、海洋環境の保護・保全のための、国連海洋法条約締約国の明確な義務とは何かに関してであった。

同裁判所は要請された勧告的意見を24年5月に公表した。それは、温室効果ガスの大気への人為的排出は海洋法条約が定める「海洋の汚染」に該当すること、利用可能な最善の科学および国際規則・基準を考慮して同排出による汚染の防止と自国領域外への影響の防止のために必要なすべての措置を取る基本的義務があり、それは、相当の注意を要するとともに、気候変動による深刻かつ不可逆的な被害の危険性が高いため厳格義務であること、国内法令の整備・執行、国際協力、途上国支援、環境影響評価などを実行すべきこと、また、海洋環境の保全・危害の除去・復元も相当注意・厳格義務であり、予防的かつ生態系的アプローチの採用、海洋生物・水産資源の保全、国際協力、外来種の移入禁止などを実行すべきことを明言した。

タグ: