どうなる? これからの世界の食料と農業第13回 韓国における「親環境無償給食」のいま(2)学校と生産者をつなげる給食支援センター
2024年08月20日グローバルネット2024年8月号
京都大学大学院農学研究科研究員(非常勤)
山本 奈美(やまもと なみ)
韓国において親環境無償給食の実施の鍵を握るのは、「学校給食支援センター」です。学校給食支援センターは、教育部(韓国の国家行政機関、教育省の意)の定義によれば、「食材消費先である学校に供給される地域生産の優秀農産物の円滑な生産と需給および供給管理機能を遂行するための運営センター」※1です。より良い給食運営の支援を目的に教育部が自治体に設置を促している、自治体の首長直下に置かれる組織です※2。自治体によって名称や業務の範囲が異なりますが、学校と生産者、あるいは関係者との調整役を担う組織として重要な役割を果たしています。
(※ 1、※ 2 田中博氏が運営するブログ「韓国草の根塾」の2024 年2 月17 日の記事による)
今回は、ファソン(華城)市の学校給食支援センターにあたる、華城フード統合支援センター(以下、フードセンター)を取り上げ、親環境無償給食の円滑な運営において同組織が担う役割を概観しながら、100万人都市ファソン市で親環境農産物を使った学校給食を可能にする仕組みを考察します※3。
(※ 3 本稿は、筆者が調査団「韓国華城市における親環境無償給食を学ぶ調査」とともに2024 年5 月13 日に訪問した統合支援センターでの公共給食チーム長による講演と、その記録の日韓翻訳者による翻訳(調査団団長の谷口吉光・秋田県立大学名誉教授が手配)に基づいています。)
ファソン市は京畿道の南西部に位置し、東西に広がる地形が特徴です。近年急速に人口が増加した京畿道は、ソウル特別市よりも多い韓国最大の人口を擁する行政区域です。中でもファソン市は顕著で、2020年には5.6万人が増加し、現在の人口は100万人弱。人口増の大きな理由は、同市東部に所在するサムスン電子の半導体生産拠点です。周辺は急速に都市開発が進み、高層マンションが建ち並び、同社の研究や製造部門に勤務する若い子育て世代が移住してきたため、同市の平均年齢は36歳と非常に若い都市です。その一方で、農業が盛んな西部には農地が広がり、3万世帯に上るという農家が耕しています。このようにファソン市は、農村部と都市部をつなぎさえすれば、市内での自給自足が可能な自治体です。
このような文脈でフードセンターは、農業者の所得増大と消費者への安全な食べ物の提供を保障するための体系的なシステム構築および地域の循環型経済の活性化を目的に、財団法人として運営されています。理事長はファソン市市長です。学校給食は、農業(農業者)と食(消費者)の距離を縮め、人の健康と環境に優しい農業を推進し、地域の循環型経済を促進する公共性の高い事業と位置付けられています。
フードセンターは2007年、学校給食に納入するコメの差額補償に始まりました。2012年、小学校35校、中学校10校を対象に、農水畜産物と加工品など給食用食材の供給を開始し、2016年に財団法人となり、市の財政補助を受けるようになります。同年、学校に限っていた対象を広げ、幼稚園、地域児童センター、高齢者施設、病院などを含める「公共給食」へと拡張されました。現在は公共給食の枠組みで、妊産婦用パッケージ(妊産婦が低価格で親環境食材を自宅で受け取るセット)も運営しています。
さらに2021年には、ファソン市内のサムソンの工場の社内食堂への納品を開始し、フードセンターの売り上げに大きく貢献しています。2022年末には、都市化が進む東部と農村地帯の西部の間に位置するパルタンミョンに農産物センター(以下、APC)が新規に建設され、給食食材の集荷・分類・配送業務と事務機能が移転されました。低温設備を備えた選別場や大型の保冷庫も備え、ここに納入された食材が学校ごとに分配され、配送されます。
●ファソン市の親環境給食の全体像
ファソン市には、合計218校の幼稚園(39校)、小学校(102)、中学校(45)、高等学校(30)、特殊学校※4(2)が存在し、合計136,086人の児童生徒が通います。人口150万人の京都市とほぼ同じ児童生徒数です(京都市の2022年度の小中高の生徒合計は約14万人※5)。
(※ 4 日本の特殊支援学校に相当、※ 5 京都市(2023)「とうけいでみる きょうと」)
給食食材の調達をフードセンターにするか他の組織にするかは、学校の判断に委ねられています。それでもコメ・雑穀は、域内のすべての学校がフードセンターから調達しています(100%)。その他の供給品目に関しては、農産品(約73%)、水産品(約80%)、キムチ(約75%)、加工品(約65%)です。
フードセンターが学校給食に供給する農産物(コメ含む)の総量は約2,903トン、うち、約63%が親環境農産物です。親環境の割合が一番高い農産物はコメで、総供給量約1,338トンのうち75%の約1,015トンが親環境農産物です。また、親環境農産物のコメは100%市内産です。とはいえ、他の親環境農産物の市内産の割合が75%のため、全体では90%です。
学校給食に供給される農産物で、市内産の親環境の割合が高い順に挙げてみると、もやし(95%)、マッシュルーム(91%)、キャベツ(68%)、ジャガイモ(65%)、ニンニク(55%)、ネギ(47%)、ミニトマト(39%)、キュウリ(37%)、カボチャ(32%)、ゴマ(29%)、白菜(24%)、大根(22%)、レタス(17%)、サツマイモ(8%)となります(以上のデータはすべて2023年度)。
驚いたのは、病害虫管理が困難な品目(キャベツ、ネギ、トマト、キュウリなど)でもかなりの割合で達成している点と、ゴマの市内親環境の割合の高さです。韓国料理に欠かせないゴマやゴマ油ですが、輸入に比べると韓国産はかなり割高です。例えばゴマ油の価格は、輸入品は1㎏2.5万ウォンのところ韓国産は10万ウォンと4倍です。それにもかかわらず、京畿道では学校給食には韓国産利用を義務付けています。ゴマ油だけでなく、加工品で輸入品を利用してもよいのは、韓国で生産できないものに限定されています。
●学校給食の食材を学校に届ける仕組み
学校給食の準備は、各学校に配置されている常勤職の栄養教師が作成する1ヵ月単位の献立に始まります。フードセンターは、各学校の栄養教師から必要な食材とその量の概要を受け取り、それに基づいて1ヵ月分の食材ごとの消費量を概算します。各学校からの詳細な注文は、納品日の前週の木曜日にオンラインで受注します。
契約農家からは一週間前に翌週の出荷可能な農産物の種類と量を聞いているので、学校の発注と照らし合わせながら曜日ごとの必要農産物や加工品の量を割り出し、最優先される市内の有機農産物、無農薬農産物、一般農産物(農業生産工程管理(GAP)も含む)で調達可能な量を割り当てていきます。市内調達が不可能な場合は市外の有機、無農薬と広げていきます。そして金曜日に、契約農家、あるいは協力業者や園芸農業組合に発注します。発注された農産物は、各業者や農家がAPCに納入します。
なお、上記調達時の優先順位で、市内の一般農産物が市外の有機農産物より上位に位置付けられているのは、農業地帯であるため地域農業の振興に力を入れるファソン市ならではの設定です。京畿道全体では、市内、市外の有機農産物が上位に置かれているそうです。
ところで、学校からのフードセンターへの注文は、農産物の納品形態と下処理の度合いが細かく指定されて届きます。例えばタマネギ・ジャガイモなら皮むきの有無や切り方、ニンジンも何㎝のスライスで、といった具合です。ニンニクも、皮がむかれパックされてAPCに納品されていました。特に大きい学校は児童数も教員数も多く、調理員に対する配食数が多いため、献立に合わせた洗浄・下処理済みの野菜の調達は、調理時間の確保のためには必須です。下処理は、フードセンターが手配します。現在、加工施設をAPC内に建設中で、完成すれば入荷から下処理・加工、納品がよりスムーズになるとのことです。
このように、親環境給食の円滑な運営には、生産者と学校の間で調整役を担うフードセンターが不可欠です。調整の軸に据えられているのは、親環境農産物の生産量不足に優先順位で対処するという柔軟な姿勢、栄養教師や調理員の負担を軽減する工夫(流通と加工の管理)です。そして、フードセンターを支えるのは、公共給食を地域住民への健康的な食の保障と地域の親環境農業の活性化を目指すための有効な手段と位置付ける自治体と国の政治的意志です。さらにその背後には、公共給食を政治的課題として取り組む政治家を自分たちの代表に選んだ市民たちがいます。