マダガスカル・バニラで挑戦!~アグロフォレストリーでつなぐ日本とアフリカ第4回 そもそもバニラとは何なのか

2024年08月20日グローバルネット2024年8月号

合同会社Co・En Corporation 代表
武末 克久(たけすえ かつひさ)

「今日からバニラの加工を始めるよ」という知らせを受けて、宿泊先から協同組合の加工場までプスプス(人力車)を走らせました。クラウドファンディングで協力いただいたお金を元に、2019年に初めてバニラビーンズを購入した時のことです。この日を協同組合のある街で2週間くらい待っていました。この年は、グリーンバニラ取引の解禁日をとっくに迎えたというのに売買がなかなか始まらず、加工場にバニラが届かなかったのです。ようやく待ちに待った加工が始まるということで、興奮気味に協同組合の門をくぐると、ドラム缶のような大きな鍋にまきで火がかけられていました。バニラの加工の中で最もダイナミックな工程、キリングの準備のためにお湯を沸かしているところでした。

●知っているのによくわからないバニラ

「バニラ」って、毎日のように目にしたり耳にしたりする言葉ですが、実際にバニラが何なのか、その正体を知る人はそれほど多くないはずです。ましてやどのように加工されて出来上がるのかを知る人はパティシエの中でも限られます。今回は、そのバニラについて詳しく紹介します。またバニラは英語で“vanilla”と書きますが、「ありきたり、つまらない」を例える言葉でもあります。例えばソフトクリームの味を選ぶとき、バニラ、ストロベリー、チョコレート、抹茶と並んでいると、味付けされていないプレーンなものがバニラだという印象を持っていませんか? 特徴のないものと認識されているバニラですが、一方で、昨今では価格上昇もあり高級食材としても知られています。何で? その理由にも触れます。

●バニラという植物

バニラはラン科の植物です。世界には約110種類のバニラが知られていますが、そのほとんどは絶滅危惧種であり、野生のバニラの取引はワシントン条約で禁止されています。そのため、マダガスカルからバニラビーンズを輸入する際には、栽培されたものである(野生のものではない)ことを明示できないと税関で止められてしまいます。世界中に分布し多くの種が知られるバニラですが、その中で果実に芳香性があるのは一部で、その多くが中南米に生息します。マダガスカルで栽培されているバニラはメキシコが原産で、私たちがバニラビーンズと呼び香辛料として利用しているのは、その果実を加工したものになります。

バニラは、マダガスカルでは11月頃に花をつけます。マダガスカルは南半球に位置しますので、初夏に開花するイメージです。メキシコ由来のためマダガスカルには花粉を媒介する虫がいません。そのため人の手で授粉しなければなりません。バニラはぽつりぽつりと花を咲かせます。しかも一つの花は1日で散ってしまうので、この時期生産者は毎日農園を歩き回り、授粉の作業に追われます。実った果実を収穫するのは半年以上も後の7〜8月になります。

バニラの果実は成熟するに従い、濃い緑色がだんだんと薄くなり黄色味を帯びてきます。収穫はその頃を見計らって行います。収穫される果実は基本的には緑色ですのでグリーンバニラと呼ばれます。良いバニラビーンズを得るためには、適度の成熟を待ってから収穫することが大切です。未熟でも駄目だし、成熟が進みすぎると果実の先端が割れてしまって製品としての価値が極端に落ちてしまうのです。マダガスカルではバニラの価格が高騰したときにグリーンバニラの盗難が大問題になりました。収穫前の果実が農園から大量に盗まれるケースが相次いだのです。そのため成熟を待たずに収穫する農家が続出し、バニラビーンズの質が落ちたといわれた時期がありました。2018年頃です。

取引場でグリーンバニラを手にする生産者

●バニラビーンズはこうやってできる

収穫されたグリーンバニラは一ヵ所に集められ、サイズや成熟度合いによって仕分けられます。成熟したものから順に、冒頭で紹介したキリングのプロセスに移っていきます。キリングは、グリーンバニラを熱湯につける工程です。そうすることでバニラを殺し、それ以上成熟して果実が割れないようにします。また、香りを生成するための化学反応を促す意味もあります。ちなみにこの時点では甘い香りはまったくしません。

熱湯から上げられたグリーンバニラは、毛布に包まれ、保温された状態で木箱の中で2日間寝かされます。2日後に毛布を開けるときが感動の瞬間なのですが、それまで緑色だったバニラビーンズがすっかりと茶色になっています。ただ、この時点でもまだバニラの香りはそれほどしません。ここから数週間の日干しの工程に入ります。

日干しは、天気が良い日に2時間くらい行われます。日干しによって水分を蒸発させるとともに、バニラビーンズの温度を上げ化学反応を促します。干した後は毛布に包んで屋内で安置します。この頃になると甘い香りが漂ってきます。

ある程度水分が飛んだものから、陰干しに移ります。屋内でゆっくりと水分を飛ばします。キリングからここまでおよそ2ヵ月です。この間、バニラビーンズの状況を見ながら仕分けする作業が続きます。いい状態になったものから、次に熟成の工程に入ります。ある程度の量をまとめてひもで縛り、パラフィン用紙に包んで木箱に入れて寝かせます。この時点でもしっかりとしたバニラの香りはします。でも、不思議なことに熟成の期間を経ることでその香りの強さや深み、複雑さがグッと増すのです。

最終的にバニラビーンズとして出来上がるのは、11〜12月ですので、加工に4〜5ヵ月かかることになります。11月の授粉から数えると1年ほど経過しています。これだけ手間暇かけて作られ選別されたバニラビーンズですが、収穫されたすべてのグリーンバニラがバニラビーンズとして出荷されるわけでは当然ありません。長さが規格に足りなかったり加工の途中で乾燥が進みすぎたり傷ついたり…規格外のバニラも多く生じます。これらは香りの抽出用として販売されたり粉状にされたりします。バニラビーンズとして販売される中にもグレードがあり、ファーストグレードとして出荷されるのはさらに限られたものになります。バニラビーンズが高級になる理由がわかりますよね。

●天然VS人工

でも、どうしてバニラがこんなに世の中に溢れているのか? その理由は、バニラの香りを人工的に作ることができるところにあります。世界で使われているバニラの香りの9割以上が化学合成された人工香料だといわれています。スーパーなどで数百円で販売されているバニラエッセンスの小さな瓶がそれです。前述の通り手間暇かけて作られたバニラがある一方で、安価なバニラの香りが広く使われています。もちろん、人工香料と天然のバニラの香りは似て非なるものです。天然のバニラの香りは数十を超える香りが折り重なって構成されています。この奥深さは人工香料には出せないものです。

現代では多くの人がバニラの香りを当たり前のように楽しんでいるのですから、人工香料が果たしている貢献はとても大きいと思います。ただ、天然のバニラビーンズがこれに引きずられて安価に消費されてしまうと生産者が苦しみます。本物のバニラの香りが価値あるものとして正当に評価され、収益が生産者に還元されるためには、香りの質の違いとともに、生産者までたどれるサプライチェーンの透明性が確保されることや、栽培や加工のことなど生産地の様子が今よりももっと広く知られることが大切だろうと考えます。

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