第六次環境基本計画をひも解く~環境政策でウェルビーイングの実現を~第六次環境基本計画と市民参加~環境政策に市民参加を位置付けることの意義
2024年08月20日グローバルネット2024年8月号
オーフス条約を日本で実現するNGOネットワーク(オーフスネット)事務局長・弁護士、
橘高 真佐美(きったか まさみ)
本特集では、本計画の概要と策定の背景を紹介し、さらに、環境政策に市民の参加を位置付けることの意義や、企業や金融機関、また市民が本計画で書かれていることをどのように受け止め、行動につなげていくべきか、計画をひも解きながら考えます。
環境問題と市民参加の権利
環境問題の解決には市民参加が不可欠である。1992年の地球サミットで採択された「環境と開発に関するリオ宣言」第10原則では「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のある全ての市民が参加することよって、最も適切に扱われる。」とうたわれている。この原則を具体化したのが1998 年に採択されたオーフス条約である。正式名称は「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定における市民参画、司法へのアクセス条約」であり、①情報アクセス、②意思決定へ市民参加、③司法アクセスを3つの柱として環境分野での市民参加を保障しようとするものだ。オーフス・ネットは、この3つの権利を日本でも実現することを目指して活動している。
3つの権利は、どれも市民参加の実現には不可欠である(図)。まず、市民が意思決定に参加するためには、現在の環境に関する資料や、今後の政策や施設の設置等によってどのような環境影響が生じるのか、環境対策をするにはどれぐらいの費用がかかるのか等の情報が必要である。そのような情報なしには、課題があることを認識することさえできない。そのため、情報アクセス権は市民参加の前提とされる。
市民の意思決定への参加については、単に参加の機会があればよいというものではない。意味ある参加とするためには、参加のタイミングは計画の初期の段階からが望ましく、また市民が準備をするための時間的な余裕があるスケジュールでなければならない。そして、行政は市民から出された意見を単に聞き置くのではなく、適切に考慮しなければならない。さらに、事業の許可等に違法性があるときや、情報アクセスの権利や市民参加の権利が侵害されたときには、司法に救済や是正措置を求めることができるように司法アクセス権が必要となる。
2022年7月28日に国連総会で、環境に対する権利が普遍的な人権であることを認める画期的な決議※が採択された。日本も賛成票を投じている。この決議でも、市民が環境に関する情報を得て、効果的に参加し、効果的な救済を得られることが極めて重要であるとして、参加のための手続き的な権利が人権としての環境権に含まれることが確認されている。
※「クリーンで健康かつ持続可能な環境に対する人権」に関する決議 A/RES/76/300
第六次環境基本計画における市民参加
では、第六次環境基本計画では、参加についてどのように捉えられているのだろうか。「参加」は、第一次環境基本計画から、環境政策の4つの長期目標の一つとして位置付けられていた。第六次環境基本計画でも、「政策決定過程への国民参画の一層の推進とそのための政策コミュニケーション、その成果の可視化が必要」(p.44)とされる。そして、環境情報の充実、公開は参加の基盤であるとし、情報基盤の整備も課題として挙げられている。「(政府、市場、国民の)共進化」は第六次環境基本計画のキーワードの一つとされ、計画には「全員参加型」「パートナーシップ」「協働」「参加」といった市民参加と関連が深い用語が多用されている。計画の策定に当たっては、市民参加についてもしっかりと意識されていたと思われる。
第六次環境基本計画の実施に当たっての課題と期待
しかし、手続的な権利が保障されているかという観点から見ると、残念ながら国際的に求められる市民参加の水準には達していない。オーフス・ネット、気候ネットワーク、環境NGOの全国ネットワークであるグリーン連合等の市民団体は、それぞれ市民参加の充実を求めて第六次環境基本計画のパブリックコメントに意見を出した。その結果改善された部分もあるが、まだ不十分といわざるを得ない。
以下に、オーフス・ネットが出した意見と環境省の回答の一部を紹介しつつ、市民参加に関する今後に向けた課題と期待を述べたい。
まず、環境政策の原則として、参加原則が明記されていない。第六次環境基本計画には、環境政策の原則として、未然防止原則、予防的な取組方法、汚染者負担の原則、環境効率性しか挙げられていない(p.47-49)。この点につき、環境省は「政策形成プロセスにおける参加の仕組みづくり等については、個別の政策ごとに検討していく」として、参加原則を追記することはなかった。参加原則が明示されず、個別の政策ごとに参加の仕組みが作られるというのでは、行政が市民に参加をさせたい政策についてのみ参加を可能とするというご都合主義になってしまうのではないか。
本来、環境政策の原則は、環境基本法の総則に規定されるべき内容である。国際的に環境政策が大きく進展している中で、環境基本法は制定から30年を経過し、もはや時代遅れとなっている。環境基本法を改正し、市民参加や手続き的な権利の保障を図るべきである。
「『参加』の促進」の項目(p.43-44)には、共進化の一例として、「環境意識が高い国民は、政府の環境施策の推進(市場の失敗の是正を含む。)を促すとともに、消費者、生活者としての国民が環境に配慮した財・サービスを選択し、それが企業のグリーンイノベーションを促進する方向に作用する。」と記載されている。市民参加は、環境意識が高い国民だけがするものではない。ましてや、環境に高い関心を持っている国民が、政府が決めた環境施策の推進を粛々と促すことでもない。国は、国民の環境意識が低いことを課題として挙げる。その原因は、環境情報が国民に理解しやすい形で十分に行き届いておらず、これまでに意思決定への参加の機会も著しく少なかったことにあるのではないか。市民参加を進めるために、国民の環境への意識や関心を高めることも、国の役割である。
市民参加に関し、日本が最も遅れているのは、司法アクセスである。裁判の原告となる資格があるかが問われる「原告適格」の壁は高く、環境問題に関し、市民や環境NGOが訴訟を提起することは容易ではない。原告適格の問題は、民事訴訟全体に関わるものであり、環境基本計画の範疇を超えるものであろう。一足飛びに環境訴訟を可能にするのは無理であるとしても、環境大臣がリーダーシップを取り、環境に関する司法アクセスを改善するための方法につき検討を開始することはできる。
また、司法制度ではないが、公害紛争処理法に基づく公害紛争処理制度の改善も望みたい。現在の対象は典型7公害に関係する紛争に限られている。気候変動、生物多様性への影響、残土堆積、メガソーラー問題、景観破壊、化学物質被害、電磁波問題等、典型7公害に該当しないけれども、環境に関わる多様な紛争がある。公害紛争処理制度の対象を拡張し「環境紛争処理制度」とすることで、環境問題に関する関係者の協議および利害調整の場を増やすことができ、市民参加が促進されるだろう。
最後に、第六次環境基本計画にも書かれているとおり、持続可能な社会を構築するためには、政策決定過程に市民の意見を反映させることが重要である。第六次環境基本計画の実行に当たっては、全ての個別の政策の中で市民や環境NGOが政策決定過程に参加できる機会が設けられることを期待したい。