第六次環境基本計画をひも解く~環境政策でウェルビーイングの実現を~企業や金融機関を後押しする新たな環境基本計画
2024年08月20日グローバルネット2024年8月号
株式会社ニューラル代表取締役CEO
信州大学グリーン社会協創機構特任教授
夫馬 賢治(ふま けんじ)
本特集では、本計画の概要と策定の背景を紹介し、さらに、環境政策に市民の参加を位置付けることの意義や、企業や金融機関、また市民が本計画で書かれていることをどのように受け止め、行動につなげていくべきか、計画をひも解きながら考えます。
第6次環境基本計画(以下、本計画)の策定プロセスでは、中央環境審議会総合政策部会で2023年5月から審議が開始されましたが、その前の2022年12月から論点整理を行う事前検討会として「第6次環境基本計画に向けた基本的事項に関する検討会」と「第6次環境基本計画に向けた将来にわたって質の高い生活をもたらす『新たな成長』に関する検討会」が設けられ、2023年5月に「取りまとめ」の報告書が公表されました。私自身は前者の検討会の委員を務めるとともに、後者の検討会の一部にも出席していました。
事前検討会での論点整理では、菅義偉元首相が2020年10月の臨時国会での所信表明演説の中で、「環境と経済の好循環」を成長戦略の柱に位置付けたことが色濃く反映されたものとなりました。また、その直前の2022年12月に生物多様性条約締約国会議で昆明・モントリオール生物多様性枠組が採択されたこともあり、気候変動に加え、生態系・生物多様性の視点も当初から強く意識されました。
また、委員の中では、プラネタリー・バウンダリーだけでなく、ソーシャル・バウンダリーの視点も強く意識し、環境のための環境基本計画ではなく、社会のウェルビーイングにおけるインパクトまでを意識した環境基本計画にしていこうという認識の一致がありました。そのことを踏まえ、第6次環境基本計画では、最上位の目的として「現在及び将来の国民一人一人の生活の質、幸福度、ウェルビーイング、経済厚生の向上」を据えることにつながったと考えています。
ウェルビーイングを実現するための環境保全
環境問題に対する関心がなかなか社会に浸透しないという課題感は以前からあります。私自身としては、これは伝える側にも問題があると感じてきました。人の志向は多様なので、世の中には自然環境を自分事として捉えられる人と、そうでない人がどうしても存在する。その時に「環境を良くするための環境課題解決」という伝え方では、響かない人が必ずいる。というよりも、むしろそのような人が社会の多数派かもしれない。であれば、環境課題がいかに一人ひとりの生活をも悪化させてしまうかということも同時に伝え、「私たちの生活を良くするための環境課題解決」だという伝え方を積極的にしていくことが大事だと思っています。これが、私が理解している社会のウェルビーイングのための環境政策です。
また同じ文脈で、本計画では、企業、金融機関、投資家も、環境を保全し再生していく上での重要なパートナーと位置付けられていると考えています。本計画では、経済と社会・環境を対立構造で捉えバランスを取るべきだと考える「トリプルボトムライン」の考え方ではなく、長期的な経済成長、社会のウェルビーイング、環境の持続可能性を同じベクトルとして捉える「ウェディングケーキモデル」の考え方が採用されています。そのため、環境破壊を放置しておくことは企業にとっても不利益であり、むしろ環境保全・再生を実現するための事業投資を積極化させることが経済成長にもつながるという概念が組み込まれました。言い換えると、資本主義を否定するのではなく、資本主義を正しい方向に誘導していこうというものです。
私が事前検討会の委員になった背景として、企業や金融機関がどう動き、何を悩んでいるかを知っている立場として、企業や金融機関が環境基本計画に何を期待しているのかということを伝える役割が求められていました。そこでは、企業を環境政策の「敵」として捉えるのではなく、重要なパートナーとして扱い、企業が果たすべき役割と、政府が企業のために果たすべき役割を明確にしていってほしいと伝えていました。その内容はしっかり反映していただいたと感じています。
企業や金融機関としては、プラネタリー・バウンダリーの中で経済合理性を持って短期的に解決できるものが少ないという悩みを抱えています。短期的に何かをしようとすると、今よりはコストが上がるため、なかなか踏み切れない。でも企業もそちらの方向に進んでいきたいという気持ちはある。そこで、本計画では技術開発やイノベーション、また人材育成という言葉もたくさん盛り込まれています。すなわち、長期的、かつ本質的なソリューションを企業も自ら作り出していくことが重要だと伝えています。
そのためには企業も傍観していては駄目で、自分たちの資本を投資していく一方で、政府に対しても望ましい政策が何かを求めていくということを率先してやっていこう。これが、本計画が企業や金融機関に伝えようとしているメッセージで、第1部第2章「持続可能な社会に向けた今後の環境政策の展開の基本的な考え方」に書かれています。
地域資源と金融機関や企業の役割
繰り返しになりますが、本計画は、気候変動だけでなく、自然資本の観点も踏まえ、国連環境計画(UNEP)が伝えている「三つの危機」、すなわち「気候変動」「生物多様性」「汚染」の国際的な議論と整合するものとなっています。とりわけ、生物多様性や生態系は、地域資源と密接な関係があり、「生態系」を強調することが新しい地方創生につながるのではないかと考えました。
その点から、本計画では、地域の中堅中小企業や金融機関の方にとっても、地域に機会(チャンス)が到来してくるというメッセージが盛り込まれています。これについては、本計画の第2章3項「今後の環境政策の展開の基本的考え方」に記載されている「持続可能な地域づくり~「地域循環共生圏」の創造~」を読んでいただきたいと思います。
企業と金融機関にとっての注目ポイント
本計画を作る上では、「リスク評価」(本編p.47)にも重点が置かれました。汚染や気候変動、生態系サービスの喪失など、環境問題の因果関係は現時点では必ずしも明確でないものがたくさんあります。しかし、「予防原則」に基づいて、必ずしも因果関係が特定されていない課題にも、企業経営においてリスクがあると思われる時点で対策を始めるべきという考え方が強調されています
もう一つは「人材育成」です(本編p.60~66)。環境と経済の好循環を実現するためには、政府にも、自治体にも、企業や金融機関にも、知見のある人材が足りません。本計画に掲げられている内容を実現していくには、人材育成が相当鍵になると考えています。
企業の文脈では、「リスキリング」や「人的資本経営」という言葉が出てきてはいますが、残念なことに必ずしも環境面の人材にフォーカスが当たっていない。改めて人づくりをしていかなければ、どんな規制を作っても達成できないということが、全体を通底している課題感です。企業も自分たちとして、「どのように人材を育成していくのか」について主体的に考えてほしいです。
スポーツ・文化の力にも期待
ここまで紹介したように、環境政策や環境課題の対象は、一部の大企業だけでなく、中堅中小企業や一般市民にまで広がっています。しかし、必ずしも中堅中小企業や一般市民にも主体性を持ってもらうことには成功できていません。これは日本だけの話でなく世界中で同じ課題を抱えており、あらためて幅広い発信力や求心力を持つスポーツや文化に対し、環境課題の発信者としての期待が高まっています。
私自身もJリーグの特任理事をやっており、多くの方にスポーツの魅力を知ってもらう上で、サステナビリティというテーマには新たな可能性を感じていますし、事前検討会の中でも積極的にこの価値を伝えました。最終的に本計画に反映され、私自身としては満足しています。
(2024年7月9日インタビューより編集部にて構成)