第六次環境基本計画をひも解く~環境政策でウェルビーイングの実現を~第六次環境基本計画の概要と策定の背景
2024年08月20日グローバルネット2024年8月号
環境省大臣官房地域脱炭素政策調整担当参事官 政策調整官
大倉 紀彰(おおくら のりあき)
本特集では、本計画の概要と策定の背景を紹介し、さらに、環境政策に市民の参加を位置付けることの意義や、企業や金融機関、また市民が本計画で書かれていることをどのように受け止め、行動につなげていくべきか、計画をひも解きながら考えます。
環境基本計画のミッション
2024(令和6)年5月21日に、第六次環境基本計画(以下「本計画」という。過去の環境基本計画については「第○次計画」とする)が閣議決定された。1994年に第一次環境基本計画が策定されてちょうど30年の節目の計画である。※第六次環境基本計画の全文および概要はhttps://www.env.go.jp/press/press_03210.html から閲覧・ダウンロードできます
環境基本計画は、環境基本法(平成5年法律第91号)第15条に基づき、環境の保全に関する総合的かつ長期的な施策の大綱等を定めるものである。環境基本法はそもそも「環境」の定義を置いていないが、現代では「環境」は「サステナビリティ」と解釈できるだろう。事実、第一次計画の冒頭から、次のように経済社会システム、生活様式の変革を迫っていた。
「物質的豊かさの追求に重きを置くこれまでの考え方、大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式は問い直されるべきである。」
また、第二次計画以降、環境・経済・社会の統合的向上を目指す旨を明記し、今に至る柱となっている。第一次計画の問題意識と類似するものとして、2000年の経済白書が以下のように指摘していた。
「根本的な問題は、日本が100余年をかけて築き上げた規格大量生産型の工業社会が、人類文明の流れに沿わなくなったという構造的本質的な問題である。」
環境危機と長期停滞等の経済社会的課題の共通の原因として、モノが足りない時代のいわば高度成長期の経済社会システムから転換し切れていないことが挙げられるだろう。
このような根本的な問題意識も踏まえ、本計画は、すべての環境分野を統合する最上位の計画として、目指すべき文明・経済社会の在り方を提示し、「環境政策を起点として、様々な経済・社会的課題をカップリングして同時に解決していく」(本計画p.38)方向を示した。
本計画の内容~思想・哲学
(1)「ウェルビーイング/高い生活の質」を最上位の目的に
前述の大きな流れや現下の環境・経済・社会の状況を踏まえ、本計画では、環境政策の最上位の目的として、環境基本法第1条の趣旨を踏まえ、環境保全とそれを通じた「現在及び将来の国民一人一人の生活の質、幸福度、ウェルビーイング、経済厚生の向上」(略して「ウェルビーイング/高い生活の質」)と「人類の福祉への貢献」とした(p.35)。これは、現代における真の「豊かさ」を示したもので、前提として、環境収容力を守るなど現在および将来の国民の生存に係る「健康で文化的な生活の確保」が必要条件であることは言うまでもなく、また、人類の福祉への貢献なくして成立しない(p.35)。「ウェルビーイング/高い生活の質」は、市場的価値と非市場的価値によって構成され、自己肯定感などの主観的幸福感も含まれるものである(p.38)。
本質的な問いとして、なぜ「ウェルビーイング/高い生活の質」を最上位に掲げたのかが極めて重要である。現下の環境危機を克服するためには文明の転換、経済社会システムの変革が必要であり、環境政策を起点として、環境・経済・社会のすべてを視野に入れ、「ウェルビーイング/高い生活の質」を共通の目的として統合的・同時解決的に対応することにより、より的確かつ効果的な環境政策となることが期待されるからである。
加えて、モノが足りない時代における供給者主導の「規格大量生産型工業社会」からの転換に向けて、将来世代を含めた国民の本質的ニーズ、真の豊かさとは何かを問い直し、経済社会のシステム・アーキテクチャ(構造)の再構築が必要である。「ウェルビーイング/高い生活の質」は、これからの座標軸となるものである。
(2)循環共生型社会(p.35~37)
本計画では、この「ウェルビーイング/高い生活の質」が実現された社会像・ビジョンとして「循環共生型社会(環境・生命文明社会)」を設定し、「「環境収容力を守り環境の質を上げることによって経済社会が成長・発展ができる」文明の構築」を目指すこととした(p.37)。
「循環」は、元素レベルを含む自然界の健全な物質循環のことであり、それを確保し、地球の環境収容力の範囲内において経済社会活動を営むため、閣議決定文書では、初めて「地上資源基調」の経済社会システムの構築を記述した。また、「循環」の質についても、環境保全上の支障の防止にとどまらない良好な環境の創出を目指すこととした。
「共生」については、日本人の伝統的な自然観を生かしつつ、人類が生態系あるいは環境において特殊な存在となっているとした上で、人類の活動によって、むしろ生態系が豊かになるような経済社会に転換することが望ましいと記述している。また、人の健康と地球の健康を一体的に捉える「プラネタリー・ヘルス」の概念を環境基本計画として初めて取り入れた。
(3)将来にわたって質の高い生活をもたらす「新たな成長」(p.37~41)
この循環共生型社会を実現するための大方針及び環境行政の役割として、将来にわたって質の高い生活をもたらす「新たな成長」を位置付けた。「新たな成長」では、長年にわたる構造的問題に対処するため、ある意味象徴的に「変え方を変える」姿勢の下、最上位の目的を「ウェルビーイング/高い生活の質」とし、そこから導かれる6つの視点(①GDPに代表されるフローだけでなくストックの重視、②短期的視点でなく、長期的、利他的な視点の重視、③「経路依存性」「イノベーションのジレンマ」のように、供給者が持つ現状のシーズ、強みに過度にこだわることなく、国民の本質的なニーズ(科学の要請を含む)の重視、④物質的な量より質、心の豊かさ、無形資産の重視、⑤社会関係資本、コミュニティの重視、⑥一極集中ではなく自立分散型の国土、分散型のシステムの重視)を記した。
上記の視点を踏まえ、「新たな成長」では人々の心の豊かさを含めた質的な成長を意図しており、「ウェルビーイング/高い生活の質」に向けて、人類の存続の基盤であるストックとしての自然資本を土台に据え、自然資本を維持・回復・充実させる人が関わる有形・無形の資本・システム(人的資本、人工資本、社会関係資本、制度)を整備していくとした。また、無形の価値の代表格として環境価値を挙げ、環境価値を活用した経済全体の高付加価値化について明記した。
(4)環境政策展開の基本的考え方(p.41~46)
「循環共生型社会」「新たな成長」を実現する上で環境政策の展開の原則論として、利用可能な最良の科学に基づく取り組みの十全性(スピードとスケール)の確保、施策の統合・シナジーに加え、コロナ禍以降の新たな資本主義を模索する潮流も踏まえ、政府、市場、国民(市民社会・地域コミュニティ)の共進化を図ることを明記した。国民目線で、経済社会システムの構造を見直していく。これは、第一次計画で打ち出した「参加」を発展させたものであり、本計画概要のイメージ図(p.10)を参照されたい。
また、第五次計画で打ち出した地域循環共生圏については「新たな成長」の実践・実装の場として位置付けをいわば格上げした。
本計画の内容~施策(第2部および第3部)
具体的施策としては、施策の統合・シナジーを発揮するため、分野横断の6つのテーマ(経済、国土、地域、暮らし、科学技術・イノベーション、国際)を設定し、それに基づき、関係省庁を含めた施策を体系化した。
例えば、経済分野では、シン・自然資本(環境価値を活用した経済全体の高付加価値化を図るための無形資産への投資を含む)を大いに促進する。また、国土分野では、コンパクト・プラス・ネットワーク、30by30、公正な移行等を総合的に考えた統合的土地利用施策の推進を打ち出している。さらに、個別分野においては、「汚染」の危機に対応するための施策群についても、水俣病の教訓等の記述を含め従来に増して充実させた。