環境条約シリーズ 389気候変動訴訟の世界的な展開 人権侵害や炭素排出許容量の認定

2024年08月20日グローバルネット2024年8月号

前・上智大学教授
磯崎 博司(いそざき ひろじ)

気候変動に関わる訴訟が世界で急増しており、24年5月までの集計で2,666件が確認された。そのうち約70%は、国連気候変動枠組条約の下で数値目標を定めるパリ協定が採択された2015年以降に提訴された。同じく5月集計で、23年は2,341件、22年は2,002件、21年は1,841件であった。開発途上国での提訴も増えて世界55ヵ国に広がっており、アメリカが最多で1,745件、イギリスが139件、ブラジルが82件、ドイツが60件となっている。それらの種類分け(原告・被告、請求内容、個別事業・法令政策、民事・刑事・行政、根拠法など)は極めて多様である。近年の判決の特徴としては、政府施策の不十分性、違憲性、人権侵害、炭素排出許容量の観点、将来世代への加重負担などが認定されていることが挙げられる。実際、ニュージーランド、ネパール、コロンビア、アイルランド、フランスなどにおいて、不十分な施策が違法とされ適切な法政策の整備が命じられている。なお、国際裁判所への提訴も増えている。

重要な判例として、19年にオランダの最高裁は、温室効果ガスの実質的削減を20年以降に先送りすることを内容とする気候変動対策について、20年以降の削減は世界の炭素排出許容量の観点から困難となり負担増を招くこと、気候変動対策は政治領域にとどまらず人権問題として司法の責任領域であることを確認し、その対策は不十分であり欧州人権条約の下の義務に反すると判じた。その上で、20年末までに90年比で少なくとも25%削減すべきと命じた。他方で21年にハーグ地裁は、シェル石油に対する訴訟において、気候変動による人権侵害防止策としてシェル全体の価値創造連鎖を通じて19年比45%の削減を命じた。

ドイツの憲法裁判所も21年に炭素排出許容量の観点から、気候変動防止法の関連規定は将来世代の基本権の侵害となり違憲無効であると認定した。同様に炭素排出許容量の観点から、24年には欧州人権裁判所が、スイス政府の気候変動関連の法施策は不十分であり欧州人権条約の第8条に違反すると判じた。

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