環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ国産SAFの「もう一つの価値」

2024年08月20日グローバルネット2024年8月号

環境ジャーナリスト
東 直人(あずま なおと)

次世代の航空燃料、SAF(サフ)の初の国内生産が来春、大阪府堺市で始まる。プラント建設大手の日揮ホールディングス(HD)や石油元売りのコスモ石油などによる共同事業。生産開始に先駆けて、原料となる使用済み食用油(廃食用油)の回収作戦を各地で展開中だ。航空業界の脱炭素化やエネルギー国産化への期待が膨らむが、筆者は取材を通じて国産SAF のもう一つの価値にも気付かされた。

天ぷら油が鍵を握る

SAF(Sustainable Aviation Fuel =持続可能な航空燃料)はバイオ燃料の一種で、従来の石油系ジェット燃料に比べて二酸化炭素(CO2)排出量を最大8 割減らせる。航空分野の国際的な脱炭素の潮流に乗り、政府は2030年に国内航空会社が使用する燃料の10%をSAF に置き換える目標を掲げた。

初の国内生産は日揮HDとコスモ、バイオ燃料メーカーのレボインターナショナルがコスモ堺製油所を拠点に行う計画だ。年産3万KLを目指し、プラント建設が着々と進む。

「ファーストムーバーとなるわれわれのプロジェクトは国産SAFの試金石です。しっかり成功させることが日本の脱炭素にとって重要と考えています」。こう語るのは、実行部隊である3社の合弁会社「サファイア スカイ エナジー」の西村勇毅COO(最高執行責任者)。日揮社内で「王道」とされる海外石油プラント部門から、志願してSAF 事業に転じてきた。40 歳代前半の若きリーダーだ。

西村さんによると、成功の鍵を握るのが油の確保。サファイア社は「Fry to Fly Project」と名付けた回収キャンペーンを展開し、天ぷら油を大量に使ううどん店や居酒屋などの外食チェーン、食品メーカー、食堂を持つあらゆる企業や地方自治体などに提供を要請している。開始から1 年で100 以上の企業・団体から賛同を得た。

一般家庭も重要な供給源となる。主に地域の環境イベントに参加し、市民に使用済み油の持ち込みを呼び掛けている。「一般の方々も気候変動や脱炭素に対する問題意識をお持ちです。あらゆる人が自分ごととして関われる点に、このキャンペーンの大きな意味があります」と西村さんは解説する。

5月11日に東京都あきる野市の都立秋留台公園で開かれた環境イベントでは、予想を上回る700Lの油が寄せられた。回収ブースを設置した市の職員に後日取材したところ、当日は若者から年配の方まで、黄色い油を入れたペットボトルを手に約70人の市民が訪れた。「環境問題を考える良いきっかけになった」などと笑顔で語っていたという。

傍観者や批判者ではなく

海に浮かぶ風力発電所や曲げられる太陽電池、二酸化炭素の地下貯留…。いま、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、政府も企業もGX(グリーントランスフォーメーション)にまい進している。いずれも重要な取り組みだ。ただ、先端技術や巨大プロジェクトには、どうしても市民との距離を広げる側面がある。「国際公約」「エネルギー安全保障」といった〝大義〟の陰に、個人の姿は隠れてしまう。

市民は環境に対して主役として大きな役割を果たしている。資源回収だけでなく、生態系の回復や保全などで自発的、積極的な活動をしている。

そうした中、SAFの国内生産はGXに市民が関われる貴重な領域になるのではないか。個人が消費者ではなくサプライサイドに立ち、傍観者でも批判者でもなく、当事者として大規模な気候変動対策に関われる可能性がある。これが糸口となって、企業・政府と市民セクターの連携が深まれば、GX の風景も少し変わってくるかもしれない。

サファイア社はSAF製造のトレーサビリティシステムの構築にも取り組んでいる。提供された廃食用油で作られた航空燃料の量や、それが飛行機の運航に使われてCO2を削減した量を提供者にフィードバックする仕組みだ。「社会全体の機運を盛り上げ、サーキュラーエコノミーを定着させたい」と西村さん。ファーストムーバーたちは挑戦を続けている。

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