特集/セミナー報告 カナダの森の叡智を紐解く 気候と生態系を守る森を燃やすバイオマス発電は「再エネ」なのか?ブリティッシュコロンビア州の森林~マザーツリー、生物多様性、炭素

2024年07月16日グローバルネット2024年7月号

ブリティッシュコロンビア大学 森林生態学教授
スザンヌ・シマードさん

 カナダ・ブリティッシュコロンビア(BC)州には、膨大な炭素を蓄積し、生物多様性が豊かな原生林が広がっていますが、長年続いてきた大面積の皆伐や近年深刻化する山火事により、急速に劣化しています。日本では再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT)の支援の下、同州で生産された木質ペレットを輸入し、バイオマス発電の燃料として燃やしています。
 今年5月、当財団では、世界的ベストセラー『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』の著者で、菌根菌ネットワークの研究で知られるスザンヌ・シマード氏と、現地で森林保全・政策提言に関わるレイチェル・ホルト氏を招き、セミナーを開催。現地の森林の価値と直面する危機、日本のエネルギー政策との関係について考え、日本の市民や企業・政府に求められる行動を議論しました。本特集では、セミナーでの講演内容を報告します。

 

ブリティッシュコロンビア(BC)州には、太平洋沿岸の温帯林、北東部の寒帯林、内陸乾燥林等の多様な森林生態系が存在しますが、これらはすべて原生林です。カナダでは、森林伐採のほぼすべてが原生林で行われています。二次林や三次林の伐採は、ほとんど行われていません。

これらの原生林を皆伐すると、生物多様性が失われ、土壌も劣化します。日本がカナダから調達したバイオマス発電用ペレットの原料は原生林由来であること、そしてカナダでは持続可能でない形で森林が伐採されていることを認識することが非常に重要です。

世界の炭素循環の主な原動力は光合成です。これまで樹木は炭素を隔離し続け、歴史的に正味の炭素吸収源となってきました。しかし、その状況は変わりつつあります。私たち人類は、土地利用の変化や化石燃料の燃焼といった活動を通じて毎年約90億トンの炭素を排出しており、植物はそのうちの約半分しか吸収できていません。残り半分は大気中にとどまっています。

私が地中の世界に目を向け始めたのは、地域によっては森林に含まれる炭素の多くが地中、すなわち林床の土壌に貯留されているからです。カナダでは、森林に含まれる炭素の95%が地中にあります。地表の炭素は平均して5%です。

森林における菌根菌のはたらき~木々をつなぐ「マザーツリー」

カナダで原生林の伐採が進み、森林が大きく変化していく中で、例えばこの35年間、キクイムシの大発生が起きています。1990年代に史上最大のキクイムシの大発生があり、北米全土にわたって4,000万haの森林が被害を受けました。

そこで、地中で何が起こっているのか関心を持ち調べたところ、病原菌や腐生菌だけでなく、菌根菌と呼ばれる一群の菌類に気が付きました。菌根菌は土の中で成長し、養分と水を集めます。それを樹木に供給し、代わりに樹木が光合成によって生成した物質を受け取ります。これは、炭素が菌根菌を通して地中に移動しているということです。菌根菌は地球の炭素循環にとって非常に重要なのです。

これらの菌類は樹木をつなげることができます。従来、私たちは森の樹木を単に資源を奪い合っている個体とみなしていました。樹木を個体として見たため、「競争相手である他の植物をすべて取り除けば、森林をより速く、より大きく成長させることができる。そしてより多くの森林を伐採して、より多くの利益を上げることができる」と考えたのです。

しかし私たちの研究は、この前提が正しくないことを示しました。森林から生物多様性を奪うことにより、実際には森林を劣化させていたのです。

炭素循環にとってこの木々の結び付きが極めて重要です。樹齢約250年以上のベイマツの老齢林では、樹齢の高い樹木の中に若い樹木が生えます。若い苗木が親の近くで育っているのです。この森の菌根菌ネットワークをマッピングしたところ、図①のようになりました。森の木々はすべて互いに依存し合い、一つの大きなシステムを形成しているのです。大きな濃い色の円が、森の大きな老木「マザーツリー」であり、その下層に生えてきた新しい苗木を育んでいます。

図1 菌根菌ネットワークのマッピング

この事実は私たちの森林に対する見方を変えました。こうした木々の結び付きを保全すれば、森全体を守ることができるのです。

皆伐により破壊される木々のネットワーク

老齢林を人工林に転換すると、このネットワークは崩壊してしまいます。木々のネットワークは再形成されますが、ずっと単純になり、老齢林ほど多くの炭素を保持できなくなります。マザーツリーには大量の菌類のコミュニティが付いており、炭素の貯蔵庫であり、森の木々をつなぎ、他の動物や鳥、菌類や地衣類など、多くの種のすみかでもあります。

BC州には樹齢3000年に上る老木もありますが、例えば沿岸部の大きなベイスギの老木は中が空洞になっています。この空洞はクマなどの動物にとって貴重なものです。クマは大きな洞にすみ、鳥の中には樹冠に生息している種もあります。しかし、森林を伐採する際、これらの動物に対する保全措置は講じられていません。

カナダでは木材目的の森林伐採の約96%が皆伐により行われています。BC州では、ほぼ100%の森林伐採が皆伐です。森林を皆伐し人工林に転換するこのような土地利用の変化が、陸上生態系に大きな炭素負債をもたらしています。

世界全体でかつて森林にあった炭素の約半分が今では大気中に放出されています。それがCO2濃度上昇の主な要因の一つとなっています。ですから私たちは、大気中のCO2を増やすのではなく、森林や土壌に再びCO2を吸収させなければなりません。カナダ全体の森林では、2002年に森林がCO2の正味の吸収源から正味の排出源になりました。少し遅れて2018年にBC州でも同じ状況になりました。世界中の主要な森林のほとんどすべてが、今ではCO2の正味の排出源となっています。私たちが本当になすべきことは、森林をかつてのような偉大な炭素吸収源に戻すことです。

皆伐により損なわれる生物多様性と炭素貯留

自然生態系による光合成は世界最大のCO2吸収源です。人為的なCO2回収量は光合成の足元にも及びません。私たちの活動(マザーツリー・ネットワークとマザーツリー・プロジェクト)では、湿度の高い沿岸部の森林から乾燥林までの広範な気候にわたって、皆伐が炭素貯留や森林に与えている影響を記録し、皆伐の代わりに何をしたらよいかを探っています。

まず、気候によって炭素貯留量に大きな差があることがわかりました。乾燥林の炭素貯留量は湿度の高い森林の約10分の1です。森林が乾燥するに従い、CO2の吸収源として機能しなくなるのです。今すでにそうなりつつあります。

また、カナダでは平均で炭素貯留の95%が地中にあります。BC州では炭素貯留量の約半分が地中にあり、半分は地上の樹木や枯死木の中にあることが判明しました。

皆伐による影響は実際に非常に破壊的です。調査の結果、皆伐と、樹木維持率10%、30%、60%、そして何の伐採も行わない状態を比較したところ、皆伐により森林のコケや地衣類の種の大部分が失われることがわかりました。

コケや地衣類は小さくて希少な、ほとんど目立たない種ですが、生態系において大きな役割を果たします。森林の栄養循環や保水機能を担い、夏の干ばつから森林を守っています。また、カリブーのような大型動物の餌でもあります。

さらに、皆伐により森林に生息する動物も失われることがわかりました。大きな老木が無くなると、生物の生息地も失われます。皆伐によって小型哺乳類の多様性の半分が失われました。クマの巣穴がある木を伐採すると生息地が失われ、クマがいなくなることがわかっています。

皆伐は森林の炭素貯留にも壊滅的な打撃を与えます。樹木中の炭素はすべて失われ、林床の炭素もほとんどが失われます(図②)。林床には太古から1万年かけて炭素が蓄積されてきましたが、皆伐によりその60%が失われます。取り戻すことはできません。

図2 皆伐により失われる炭素貯留

将来の炭素貯留量をモデル化したところ、皆伐により地上部に貯留されていた炭素はほぼすべて失われ、少量のみが林床の残材の中に残ります。そして、短期のローテーション(沿岸部の森林で50年、内陸部の森林で80年)で伐採した場合、地上部の炭素貯留は元の老齢林の4分の1にしか回復しないのです。炭素貯留量だけでなく、CO2を継続的に吸収する能力も失われます。

林床の炭素の損失はさらに甚大です。少なくとも樹木は、理論的にはいずれ成長して元の状態に戻ります。しかし、形成に1万年かかった林床は、80年という短期では回復できません。

皆伐と植林は火災リスクを増大

皆伐後に植林して森林を単純化する慣行は、森林火災のリスクを高めています。生物多様性が排除されるようになったのは、従来、木々が競争関係にあると考えられていたからです。カナダでは火入れを禁止したことで、森林内に燃えやすいものが蓄積してしまいました。気候も変化した結果、火災のリスクが非常に高まっています。森林と皆伐地の火災リスクの比較では、皆伐地の火災リスクが2倍になっていました。

2023年はカナダにとって史上最悪の火災の年でした。アジアの科学者たちの計算によると、カナダで起きた森林火災からの排出は約3ヵ月間で世界の森林火災による温室効果ガス排出の約23%に上りました。火災リスクは、不適切な森林管理の方法と気候変動・乾燥化が相まって、高まる一方です。

日本の皆さんに知ってほしいことと私たちにできること

日本の皆さんに知ってほしいことは、カナダでは森林伐採のほぼすべてが原生林で行われおり、カナダから購入するペレットはほぼ確実に原生林由来のものであることです。二次林由来のものはほとんど存在しません。そして、BC州を含めカナダの森林伐採は持続可能ではなく、森林劣化をもたらしています。

私たちにできることは何でしょうか。第一に、原生林や老齢林の伐採を絶対に止めなければなりません。BC州やカナダの人々は、それについてよく理解しています。2021年には原生林の皆伐に対してBC州で過去最大の抗議行動が行われました。このような市民による抗議行動は今後も続くでしょう。

だからといって森林を放置するべきではありません。カナダの森は火入れが禁止されたためにますます不健全になっています。森に入り、野生動物の生息地となる枯れた立木などは残しつつ、枯れかけている木や少なくとも低木層にある木を間引くこと。そうして森林の強靭性を高めることができます。野生動物の生息環境を改善し、昆虫の大発生を抑えることもできます。健全な森には私たちの手入れが必要なのです。

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