INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第84回 中国の環境基準~大気環境基準の変遷
2024年06月17日グローバルネット2024年6月号
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) 北京事務所長
小柳 秀明(こやなぎ ひであき)
日本における環境基準設定の歴史
1977年に私が環境庁(当時)に入庁して最初に配属されたのは、大気保全局企画課の環境基準係であった。環境基準については、1967年に制定された公害対策基本法の第9条で「政府は、大気の汚染、水質の汚濁(、土壌の汚染)及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」(注:( )内の文言は1970年の改正で追加)と規定されていたが、私は入庁早々大気の汚染に係る環境基準を担当することになった。
日本で最初に定められた環境基準は「いおう酸化物に係る環境基準」で、1969年に閣議決定された。以降、浮遊粒子状物質、二酸化窒素、光化学オキシダントその他の多くの項目について大気環境基準の設定・改定が行われてきた。水質汚濁に係る環境基準は、1970年に初めてシアン、メチル水銀、有機リン等の健康項目7項目およびpH、BOD等の生活環境項目の基準が閣議決定された。騒音に係る環境基準は、1971年に一般環境における騒音および道路交通騒音に関する環境基準が閣議決定された。以降航空機騒音や新幹線鉄道騒音に係る環境基準がそれぞれ1973年および1975年に設定される。
以上3種類の環境基準はいずれも1971年の環境庁設立前に設定されたが、土壌汚染に係る環境基準はそれより20年後の1991年になってようやく設定される。水質を浄化し地下水をかん養する機能を保全する観点から9項目について、食料を生産する機能を保全する観点から農用地を対象に3項目について環境基準が設定された。なお、典型7公害(環境基本法で定義されている①大気汚染、②水質汚濁、③土壌汚染、④騒音、⑤振動、⑥地盤沈下、⑦悪臭。)のうち振動、地盤沈下および悪臭は環境基準設定の対象外になっている。
中国における環境基準設定の歴史
中国でも1978年の改革開放政策開始以降の早い段階から環境基準の設定に着手している。1979年に環境保護法(試行)を制定すると、早速国務院の環境保護指導者小グループが1982年以降順次、この法律の第9条の規定「国務院環境保護行政主管部門は、国家環境質量基準を制定する。」に基づいて、大気環境質量基準や都市地域環境騒音基準、地面水環境質量基準等を公布した。ただし、この当時はまだ大気汚染防止法、水汚染防止法、環境騒音汚染防止法等の個別規制法は制定されていなかったので、実効性の伴う基準とはいえなかった。1988年には日本では対象外にしている振動の環境基準「都市地域環境振動基準」も公布しているから、この点では日本より先進的だ。
現行の中国の環境基準は、2014年に改正された環境保護法と個別規制法である大気汚染防止法、水汚染防止法、騒音汚染防止法等の両方を根拠法令としている。具体的に見てみると、改正後の環境保護法では第15条で「国務院環境保護主管部門は、国家環境質量基準を制定する。」と規定している。水汚染防止法でも同様に第12条で「国務院環境保護主管部門は、国家水環境質量基準を制定する。」と規定している。また、大気汚染防止法では第8条で「国務院生態環境主管部門または省・自治区・直轄市人民政府は大気環境質量基準を制定する。その際には、公衆の健康保障と生態環境保護を旨とし、経済社会発展と調和させ、科学的合理的なものにしなければならない。」と規定している。2021年に新たに公布された騒音汚染防止法でも第14条で「国務院生態環境主管部門は国家音環境質量基準を制定する。」と規定している。「騒音」でなく、単に「音」環境としているところが面白い。
大気環境基準制定・改正の変遷
以下では、大気環境基準に焦点を当てて具体的な変遷を見ていくこととする。なお、原文は大気環境質量基準あるいは環境大気質量基準という表現だが、特に断りのない限り「大気環境基準」の表現に統一した。
① 大気環境基準の設定
1980年代はばい煙を主とする大気汚染が発生していたが、これに対処するため国務院環境保護指導者小グループは1982年に大気環境基準(GB 3095-1982)を初めて公布、実施した。当時、この基準では地域類型(「環境大気質機能区」と称した)を三つの類型に区分し、それぞれの類型に応じて基準を1級基準、2級基準および3級基準の三つのレベルに区分した。基準は全浮遊粒子状物質(TSP)、浮遊じん(注:10ミクロン以下の微粒子を指す)、二酸化硫黄(SO2)、窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素(CO)および光化学オキシダント(O3)の6項目について定められたが、このうち浮遊じんの基準は参考基準の扱いとされた。また、フッ化物などの局地的な汚染の特徴を有する汚染物質は、地方政府が環境基準を制定することとされた。
② 第1回改正
1996年に1回目の改正を行ったが、この時に名称を「大気環境質量基準」から「環境大気質量基準」(GB 3095-1996)に変更した。この改正ではばい煙型の大気汚染だけでなく、同時に都市の自動車の排気ガス汚染問題についても考慮したとされている。改正後の基準では地域類型を見直すとともに(三類区を縮小して二類区を拡大)、二酸化窒素(NO2)、鉛(Pb)、フッ化物、ベンゾ[a]ピレン(B[a]P)を追加した。また、浮遊じんと光化学オキシダントの名称を浮遊粒子状物質(PM10)とオゾン(O3)に変更した。
③ 第2回改正
2000年に一部改正を行い、NOxを廃止し、NO2とO3の基準値の見直し(緩和)を行った。
④ 第3回改正
2012年の第3回改正では汚染物質の項目・基準値等を調整(PM10等の基準値を強化)するとともに、新たにPM2.5の基準およびオゾン(O3)の8時間平均濃度基準を設けた。また、類型区分のうち三類区の区分を廃止し、3級基準も廃止した。従って、現在の大気環境機能エリアは一類と二類の2つの区分のみで、一類エリアには1級基準、二類エリアには2級基準が適用されている。なお、一類エリアは自然保護区、景勝地区およびその他特殊な保護が必要とされる地区、二類エリアは居住区、商業・交通・住民の混合地区、文化地区、工業地区および農村地区である。
⑤ 第4回改正
2018年の第4回改正では、二酸化窒素、オゾン等のガス状物質の測定結果の表示方法を標準状態の濃度換算から参考状態の濃度換算に変更した(注:基準値自体の変更はなし)。この測定結果の表示方法の変更により、変更後の濃度は変更前の値よりも小さく表示されることになった。例えば2018年のオゾンの全国平均濃度について比較すると変更前は「151µg/m3」であったが、変更後では「139µg/m3」になる。
⑥ オゾンに係る環境基準値等の変遷
具体的な環境基準値等の変遷についてオゾン(光化学オキシダント)を事例として、表に整理しておく。