特集/人と環境にやさしい花卉栽培とは~オーガニックフラワーが目指すもの「スローフラワー」の地球にやさしい花栽培で日常も地域もサステナブルに
2024年05月16日グローバルネット2024年5月号
four peas flowers代表
三井 聡子(みつい さとこ)
農薬や化学肥料を使わず、生態系の自然な機能を生かして栽培されたオーガニックフラワーには、どのようなメリットがあるのか。また、普及に向けて何が必要なのか。日本国内で栽培や販売に携わってきた関係者にご紹介いただきます。
four peas flowersは神奈川県の旧藤野町で「スローフラワー」をコンセプトに無農薬・露地栽培の花を栽培・販売しており、都内のイベントやオンラインショップでの販売に加え、無農薬の花に関心がある業界の方々や青果店に卸しています。
お花を無農薬で育てていることをお客さんに伝えると「でもお花は食べないのになんで?」と聞かれることがあります。確かにお花は食べないですが、花について学び、育てる中で無農薬の大切さは日に日に増すばかりです。
スローフラワーとの出会い
私は2010年に藤野に移住してから小さな畑で野菜を育てていましたが2016年、SNSを見ていると一枚の写真に目が留まり、その美しさに心から感動しました。それは米国ワシントン州で無農薬の花を育てているfloretという花農家さんが投稿した、トラックの荷台がダリアに埋め尽くされている写真でした。ビジュアルに導かれて彼女の他の投稿を見ると、繰り返し出てくる「スローフラワー」という言葉がありました。
調べるとアメリカでは当時、花の8割が南米やアフリカから輸入され、その安価な花にかなわず廃業する花農家さんが続出したそうです。それらの花を育てるためには農薬が使われ、空輸するために二酸化炭素(CO2)を排出し、多大なる影響を環境に及ぼしているのです。スローフラワーは、スローフード同様、地元で、エシカルな方法で育てられた季節の花の地産地消を奨励するムーブメントであり、育てた人の顔が見える花づくりを目指しています。
私はそれまで花の在り方を想像もしていなかったので、この事実に心が揺さぶられました。また、日本国内の状況を調べてみると、当時は国内で無農薬に特化した花農家さんは数名しか見つからず、無農薬の花卉栽培の情報はほとんどありませんでした。しかし私はスローフラワーのポテンシャルを強く感じ、動き出しました。
奇遇にもその年にfloretが花農家を目指す人のためのオンラインワークショップを開催するという発表があり、2017年には数ヵ月にわたって畑の計画から販売まで、花に関わるあらゆることを学びました。また、Facebookでは受講者のグループが作られ、花に関する質問・悩みが出てきたらそこで質問をすれば誰かが教えてくれるコミュニティもありました。
翌年には渡米し、前述のコミュニティで知り合った3名の花農家さんを訪れました。それぞれ経験値もオペレーションの規模もスタイルもさまざまでしたが、どの方も自分たちの身の丈に合った形で花を育てており、その姿を目の当たりにして、それまで自分が感じていた「ちゃんとした」花農家の概念が覆され、自分のやり方も間違っていないという勇気を頂きました。
花のサイクル
私たちは年間を通じて40品種ほどの花を育てています。少量多品種で育てている花たちは3月中旬のスイセンから始まり、3月末から4月中旬まで続くチューリップ。それが終わると端境期の色鮮やかな花に移り、秋には菊系の花が咲き、11月でシーズンを終えます。
スイートピーやレースフラワーなど、寒い気候が好きな花は9月ごろにタネ植えを始め、11月に畑に移植、そこから寒い冬を経て春になって気温が上がってくると、寒さに耐えながら地中で根を張ってきた花たちの葉っぱが一気に育ち、収穫できるのは5月ごろです。タネ植えから約半年という長い期間ですがそれが露地栽培のペースなのです。
今年は2月に汗ばむような暑い日が続いたと思ったら3月に入って雪が何度も降り、それで枯れてしまった花もありました。昨年は6月に季節外れの台風が来てキンギョソウがなぎ倒されました。また、ここ数年は長雨が多く、何日も雨にさらされて枯れてしまう花も。
異常な気候に対する危機感は確かにあります。ただ、倒された花たちはそれでも太陽を求めて空に向かって咲き、枯れたと思った苗が新しい葉をつけて持ち直すこともあります。そんなタフな気候に耐えてきた私たちの花は茎もしっかりしていて、どこか力強さがあります。自分で天気をコントロールすることはできないから自然の流れに身を任せ、ダメだったら次に向けて気持ちを切り替える。でもそれをくぐり抜けて花が咲いてくれた日には喜びもひとしおです。
思い通りにいかないけれどもそれを受け入れる心の強さも自然が教えてくれていると私は思います。
スローフラワーのこれから
試行錯誤をしながら7年間やってきたおかげで、最近は無農薬のお花を育てたいという方からお問い合わせを頂く機会が増えました。
私がこれまで集めてきた無農薬の花栽培に関する情報は英語のものばかりで、日本語で調べようとすると情報は皆無に近い状況です。ただ、スローフラワーが掲げるお花の地産地消を広めるためには、日本のあちこちに同じような志を持った花農家さんがいなければ成り立ちません。そういう意味で今後は自分がこれまで培ってきた知識やノウハウをいろんな人と共有し、かつてのオンラインコミュニティのように日本でも無農薬の花農家さんの輪が広がり、互いにノウハウをシェアできる場と空気を作ることが何よりも大切だと思っています。
また、コミュニティができても育てた花を購入してくれる消費者がいなければ農家は生きていくことができません。スローフラワーは除草剤などを使わない分、雑草をこまめに抜いたり、天候の影響でロスが発生したり、温室で育てるのに比べて生産性は低いと思います。そういった花を、それにふさわしい金額で販売できるということが私たちの持続的な花の提供を左右します。
口に入れるものではないし、生活における必需品でもないけれども、自分たちが住んでいる地球のことを考え、土や水やミツバチに目を向けた花たちの価値を見出してくれる消費者が増え、無農薬の野菜が長い時をかけて当たり前になったように、無農薬のお花もそのような市民権を得ることができる日を心待ちにしています。
four peas flowers
four peas flowersは日本語に直訳すると「四つの豆の花」です。
私は花農家ですが4人の子どもの母親でもあり、four peasはそこに由来しています。
今年24歳になる長女は「そら」という名前ですが、それは「空」ではなく「ソラマメ」からきています。なぜなら、あらゆる豆が地面に向かって育つ中、ソラマメは空に向かって育つから。
最初は子どもにちなんで名付けたfour peasはいつしか私と一緒に花を育ててくれる心強い3名の女性スタッフに支えられ、私たちは4人でfour peasとしてこれからもぐんぐんと伸びていく。そして台風が来ようと、雨が降ろうと、同じく空に向かってたくましく育つ力強い花たちを多くの方々に届けていくことをワクワクしながら今日も畑に出ます。