NSCニュース No. 149(2024年5月)定例勉強会報告 「TCFD開示の業種別・日米欧企業比較分析~TCFD開示から見えてきた日本企業の課題と示唆~」
2024年05月16日グローバルネット2024年5月号
NSC幹事
竹本 徳子(たけもと のりこ)
気候変動の影響がさらに顕在化し、世界的に企業の脱炭素経営の動きが加速する中で、日本企業のかじ切りは重く、スピードが遅い。今回(3月7日開催)の勉強会では法政大学人間環境学部特任准教授・竹原正篤氏をお招きし、TCFD開示の日米欧企業の比較分析研究報告を踏まえ、日本企業の経営課題と方策について提言を頂いた。本研究はNSC幹事の川村雅彦氏と行った2023年の共同研究をベースにしている。講演後に川村氏とNSC共同代表幹事の八木裕之氏を交え、鼎談を行い、質問と活発な意見交換がなされ、有意義な勉強会となった(資料は下記※1参照)。
※ 1 https://www.gef.or.jp/wp-content/uploads/2024/03/240307nscseminar.pdf
TCFD開示の国際比較分析結果
●評価方法と基準
TCFDフレームワークの「ガバナンス」「戦略」「リスクマネジメント」「指標と目標」4分野における推奨開示11項目の細目レベル全38項目にわたり指標化し、独自に「事業特性を反映した気候変動対策の戦略性」を加えてスコアリングし、5分野の平均値で「総合評価」としている。記述が具体的で説得力があるか、取り組みのアウトプットだけでなくプロセスも重視、財務に及ぼすインパクトを注視等、各評価の留意点も示されており、実務者にとって参考となる。
●調査対象企業
GPIF※2が公表する「優れたTCFD開示」等を参考に、日米欧のほか際立って評価の高い台湾企業のTSMCを加え、6業種18社※3を選定。サンプル数も少なく厳密性に欠けるという批判は承知の上、日米欧の差異を把握する意味では大きな差がないとの認識が示された。
※ 2 年金積立金管理運用行政法人
※ 3 IT・通信:NTT グループ、マイクロソフト、BT /飲料・食品・消費財:キリンホールディングス、P&G、ユニリーバ/鉄鋼:日本製鐵、ニューコア、アルセロールミタル/自動車:トヨタ自動車、GM、フォルクスワーゲン/電気・電子:リコーグループ、シュナイダーエレクトリック、TSMC /石油開発:INPEX, エクソンモービル、BP
●評価の高い企業の特徴
評価結果の首位は台湾のTSMC、欧州企業は上位に、米国企業は自ら改善の意欲が感じられなかったエクソンモービルを除けば中・上位、日本企業は中位に集中している。業種別に見ると全業種で「戦略」のスコアが高く「ガバナンス」は低い。日本企業は欧米企業に比べてガバナンスとリスクマネジメントのスコアが低いことが示された。
ガバナンス評価の高い企業は総合評価も高く、執行と監督(取締役会)の両者の主体的な関与が全体レベルを引き上げると同時にリスクマネジメント評価も高かった結果を捉え、気候関連リスクによる財務インパクトの検証、 ERM(全社統合型リスクマネジメント)の重要性が示唆された。
国際比較分析から見えてきた日本企業の現状と課題
全項目で評価の高かったTSMCは監督と執行の双方に複数の気候関連委員会を設置し緊密な連携により、ERMとして実効性を高めるガバナンス体制を構築している。またマイクロソフトも取締役会内に設置された4つの常設委員会で戦略策定、実行ガイダンスの提供、モニタリングを行っている。
リスクマネジメントではリコーグループの事例を取り上げ、重要度の高い項目を主体的に選択管理するトップ層と責任を持って組織のリスク管理を行う各事業執行組織層の2つの層により、リスクレベルごとの機動的な意思決定と迅速な活動を可能にしているマネジメント体制が紹介された。
さらに、日本企業の経営課題3点とその解決方策が提示された(表)。
TCFD提言を組織運営に活用する
TCFD提言は開示すべき4分野を「組織運営の中核要素」と説明していることから、開示に加え、組織運営のためのフレームワークともいえる。そうであれば、TCFD開示のフレームワークは、企業自身による気候戦略の自己点検とその変革にも活用すべきと言及された。
TCFD開示推奨項目の多くはアウトプットに加えて、アウトプットに至る態勢とプロセスの開示を求めている。態勢とプロセスが組織の価値創造の「担保力」と「コミットメント(本気度)」を伝えることの重要性を強調し、最近の動向として実際にサステナビリティについてCFOが語り始めているトヨタ紡績、NTTの事例が挙げられた。