どうなる? これからの世界の食料と農業第11回 気候変動と農業の未来~滋賀の農業者と市民団体の実践
2024年04月16日グローバルネット2024年4月号
農家ジャーナリスト、NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)
今年の冬の気温は統計史上2番目の暖冬となった。そのため水不足や虫害などの農業への影響が心配されている。私が住む滋賀県では、「近畿の水がめ」琵琶湖への影響が心配されている。琵琶湖は、梅雨の降水だけでなく、冬から春にかけて大量の雪解け水が流入し水量を確保してきた。滋賀でも暖冬で積雪が少なく、低下傾向の琵琶湖の水位がさらに深刻化する可能性もある。
私が耕す畑の周辺では、暖冬や気候の変化の対応に追われる農業者も見かける。滋賀県でも米などの主力品種については、気候変動に対応する品種開発が進んでいるが、農家からは対応が後手に回っているという声をよく耳にする。
世界では農業と気候変動や生物多様性の関係について議論が始まっている。しかしそこではメタンガスや一部の課題のみが集中的に話し合われ、各国の地域事情が反映されていないと感じる。大切なのは、農業者が自然とともにどう農業を展開するかということ、そして市民が気候変動の影響にどういった行動をしていくかということだ。そんな思いから今回は、滋賀県の農業者と市民の取り組みを紹介する。
●滋賀県東近江市の自然農法の実践
最初に紹介するのは、滋賀県東近江市の池内農園の取り組みだ。池内農園は、農薬や肥料を一切使用しない自然農法で米作りを行う(耕作面積は約4.9ha)。
池内農園で驚かされたのは、1993年から30年間、農薬や肥料を使わずに米作りを行ってきたこと、その間ずっとタネ採りをされてきたことだ。現在は滋賀旭・日本晴・滋賀羽二重糯の3品種を育てている。
圧巻なのは、育苗用に田んぼの土を利用することだ。毎年、育苗の床土づくりとして鋤という道具で四角に土を掘ってブロック状にし、あぜに積み上げ乾燥させるという重労働をこなす。
慣行栽培から自然農法に転換した最初は、自然栽培の田んぼの除草に手間がかかり、他の田んぼに手が回らなくなった。それでも除草の手伝いをしてもらいながらなんとか全ての田んぼを慣行栽培から自然農法に転換させた。
同農園の池内桃子さんが就農したのは、13年前のことだ。最初は就農に消極的だったが、海外経験や食関係の仕事に関わる中で、素材への関心もあり、農業を始めた。始めてみると自家採種の種もみからたくさんのお米が実るのを目の当たりにして、今ではお米が命そのものと感じるようになったという。
桃子さんは、自然農法といっても自然に任せて放っておくのではなく、よく観察し愛情を注いで農業に生かし、次世代につなぐことを目指している。一方で課題として感じるのは、気候変動や地域の周辺農業者の高齢化により、現在の自然環境の中での農業が継続できるかという点だ。
同農園では、「マイ田んぼ」という農業体験プログラムも行っている。今後の目標は次世代の担い手の育成だという桃子さん。忙しい中でも、地に足をつけた活動を行い発信し、次世代を増やしていきたいという思いを最後に語られた。
持続可能な農の現場はこうした明確なビジョンを持ち実践する農業者によって継続され、未来につながっていくのだということに改めて気付かされた。
●環境活動としての環境再生型農法の実践
次に紹介するのは、滋賀で環境問題に取り組む市民団体による、気候変動に対応する環境再生型農法の実践を始める「碧いびわ湖」の活動だ。
碧いびわ湖は、1977年に始まった草の根の住民運動(せっけん運動)を継承する市民組織(NPO)だ。現在の事業としては、リサイクル事業や住まい・地域づくりを展開している。共感するのは、いのちの源である琵琶湖を守り、次世代に安心できる未来を手渡すためにせっけんや生活雑貨そして農産物の共同購入事業も行っていることだ。持続可能な未来に向けて事業を発展させているのだ。
碧いびわ湖が2023年度から始めたのが農薬や化学肥料の不使用だけでなく自然の再生力の活用を目指す「環境再生型(リジェネラティブ)農法」に向けた試験的な取り組みだ。環境再生型農業は、土地を耕さず、石油資源利用と二酸化炭素排出を抑制し、炭素を地中に貯留するという特徴も持つため、各国が気候変動への対応を目指し世界的に注目されている。
同団体が取り組みを始めたきっかけは、滋賀県に気候非常事態宣言の発出を請願するネットワーク活動に関わったことであった。同団体常務理事の根木山恒平さんは、活動の中で気候変動を緩和する農法について知り、実践の必要性を感じるようになった。
もう一つ背景としてあったのは、せっけん運動という市民運動の現代における継承だ。流域下水道が一定程度整備され、琵琶湖の環境問題が複雑化する中で、わかりやすい取り組みの必要性を感じていたという。
環境再生型農業の実践の多くは海外が中心だ。そのため根木山さんは、日本における実践事例を調べ、守山地域の農協の協力により、使用する畑をスコップ一つで整備するところから始めた。畑の土は、初めは粘土質で乾燥してカチカチで作物もうまく育たなかった。それでも環境再生型の農法の特徴である不耕起・土を覆う・多様性を高める(たくさんの種を一緒に育てる)、土の中に生きた根を残すという実践を根気よく続けた。それが功を奏してか、今では植物の力で土壌が団粒化し、豊かになったと感じるという。
農場は「元気が湧きでる農園」と名付け、子どもたちが自然を体験できる親子活動の場として定期的にイベントを開催する。参加者からは、このやり方なら自分でもできる、と好評だ。
根木山さんは環境再生型農業に向けた取り組みを、農を通じた地域のコミュニティづくりの小さなモデルケースとしていきたいという。碧いびわ湖のその取り組みは、気候変動に対応する持続可能な農業・社会づくりとしてさらなる注目が期待される大きな実践といってよいだろう。
(本文では京都新聞の松平の連載記事を一部再構成し使用した)