マダガスカル・バニラで挑戦!~アグロフォレストリーでつなぐ日本とアフリカ第2回 話の舞台、マダガスカル
2024年04月16日グローバルネット2024年4月号
合同会社Co・En Corporation 代表
武末 克久(たけすえ かつひさ)
●死、それから米
2023年7月にマダガスカルに渡航したときのこと。マダガスカルに着いた翌日、現地のパートナーとして手伝ってくれている Tsiory から連絡がありました。電話の向こうで泣きじゃくりながら「お父さんが天に召された」と。バニラのサプライヤーを訪問する予定を急きょ変更して葬儀に参列することにしました。
いざ参列するとなると、服はどうしらいいんだ? 香典のようなものはあるのか? など、日本と事情が違うのでわからないことばかりです。翌朝暗いうちに首都のホテルを出発して車で走り続け、お昼の2時過ぎにようやく目指す村に着きました。
葬儀は村の教会で執り行われました。祈りが捧げられた後、村人が総出で村の外れの丘にある墓まで棺を運び埋葬しました。棺は、地下に造られた部屋に安置されました。マダガスカル人の8割強がキリスト教徒だといわれていますが、同時に土着の宗教も色濃く残っています。墓に安置された遺体は、数年に一度墓から出され、巻かれた布を巻き替えます。これはファマディハナという儀式で、その日は飲めや食えや歌えや踊れやで、盛大に祝います。先祖の遺体を墓から出して一緒に過ごすというのは、私たちにとっては衝撃的なことかもしれません。しかし日本人も盆になると墓参りをして先祖を家に連れて帰る風習を持つことを考えると、死生観に合い通ずるものを感じます。
ちなみに、マダガスカルの主食は米です。マダガスカルの人はとにかくご飯をよく食べます。故に稲作が盛んで水田をよく目にします。日本の里山と同じような景色に出くわすこともままあり、のどかな風景を見ていると懐かしささえ感じます。また、マダガスカルの人は、一般的に温厚で自己主張は強くなく控え目です。マダガスカルには日本との共通点を多く感じます。
●うまい料理と裏腹に
納棺も終わり、夜には炊き出しが行われて葬儀に集まった家族が食卓を囲みました。僕もそこに混ぜてもらいました。食事は野菜炒めと白飯でした。野菜炒めは、蒸したジャガイモと、トマト、ニンジン、玉ネギ、インゲン豆、菜葉を炒めて混ぜ合わせたもので、味付けは塩とニンニクのみでシンプル。これが、思わず興奮してしまうほどおいしかったのです。家族の温かさを感じながらの食事だったということもあると思いますが、調理はまきを燃料にかまどで行い、食材は農薬も化学肥料も使わない、いわゆるオーガニックなものであることもおいしさの秘密だったのかもしれません。
マダガスカルの農業では一般的に、農薬も化学肥料も使わないことが多いです。経済的にそのようなものを使う余裕がないというのがその理由らしいのですが、オーガニックの観点からすると天国といえるかもしれません。一方で、反収が少ないという課題を抱えています。増加する人口を支えるために、食料、特に米の収量を激増させる必要がありますが追いついておらず、すでに米を輸入に頼っており、課題解決のために、日本からも稲作の技術改良やかんがい整備などの支援プロジェクトが提供されています。
燃料にも課題があります。ガスが通っていないマダガスカルでは、燃料にはまきか木炭を使用します。そのために多くの木が切られ、これが森林減少の主な原因の一つとなっています。マダガスカルは世界有数の生物多様性の宝庫です。マダガスカルと聞いて、バオバブの大木や塊根植物、カメレオン、ワオキツネザル、アイアイなどの珍しい動植物たちを思い浮かべる人も多いでしょう。ここに生息する動植物の多くはマダガスカルでしか見ることができない固有種といわれます。その豊かな生物多様性を維持するためにも、重要な産業の一つである観光業を維持するためにも、森林を含む自然環境を守ることが喫緊の課題です。
●時を超えた場所にあるもの
さて、夕食の頃には外はもうすっかり真っ暗になっていました。食卓を照らす明かりはろうそくです。街灯はなく満点の星空が目にまぶしいほどでした。マダガスカルと日本とでは共通するところが多いと書きましたが、もちろん、違うところも多くあります。
最初にマダガスカルを訪れたのは2017年のことですが、地方の村を歩いたときに「ここは弥生時代なのか…」と驚きました。人々は携帯電話を持ち、服はTシャツ。でも、住居は高床で、細い木を柱に竹で編んだ壁とヤシやバナナの葉でふいた屋根といった具合で、教科書の写真や博物館で見たことがあるような家が並んでいたのです。時が止まった場所のようにさえ感じました。そこでは限りなく自給自足に近い自立した生活を送る人たちが多く暮らしているように見えました。マダガスカルの人の多くは、日本とはまったく違った生活環境で暮らしています。そこには、舗装された道や、電気、ガス、水道などのインフラをはじめ、いわゆる家電というものはほとんどありません。私たちの身の回りに当たり前にあるモノの多くがないわけです。
ないのはモノだけではありません。法律や行政手続きなどの決まり事もそうです。逆に、私たちの社会にはないものもマダガスカルにはたくさんあったりします。こういう所に身を置くと、豊かさとは何か、幸せとは何かという問いがおのずと浮かんできます。
●マダガスカル基礎情報
今回は、アグロフォレストリーバニラの事業の舞台であるマダガスカルに皆さんをお連れしようとここまで筆を進めてきました。ただ、まだ書き切れていないことも多いのでまとめて紹介します。そもそも、マダガスカルがどこにあるのか、地球儀上で指差せる人はどのくらいいるでしょう?
マダガスカルはアフリカ大陸の東に浮かぶ大きな島で、島全体がマダガスカル共和国という国です。面積は日本の約1.6倍、人口はおよそ3,000万人。一人当たりのGDPは548.12ドル(日本は3万4,550ドル)で、1日2.15ドル以下で生活する人口の割合は80%と世界最貧の国の一つとされています。
公用語はマダガスカル語とフランス語。若い世代でフランス語を話す人は多いですが、地方に行くとマダガスカル語しか通じないことが多く、英語を話せる人は少ないです。通貨はアリアリ。主な産業は農業ですが、外貨を稼ぐものとしては、ニッケルなどの鉱物と、バニラをはじめとする香辛料が挙げられます。バニラはマダガスカルの経済を支える非常に重要な作物であり、政治の関与が色濃い産業でもあります。次回は、そんなマダガスカルのバニラ事情をお伝えします。
最後に、葬式の服装と香典がどうだったかというと、服装は皆さん多少きれいな格好をしていましたが黒でないといけないというような色のルールはないようでした。香典は教会に多少のお金を寄付し、家族には気持ちを渡しました(地域や家柄によって異なるようです)。
小説『時の止まった赤ん坊』曽野綾子著
マダガスカルの中央高地にある修道院を舞台にした物語。そこで助産士として働く日本人修道女の活躍と葛藤を描く。生と死、援助の意味などを深く考えさせられる。
映画『ギターマダガスカル』亀井岳監督
音楽を通してマダガスカルの死生観に深く切り込む傑作。40日間にわたり現地で撮影を実施。マダガスカル人の伝統的な生活様式を映像に収めているという点でも貴重な作品。