特集/排出削減が困難なセクターの脱炭素に向けた道筋とは排出削減が困難な(Hard-to-Abate)部門における脱炭素ビジネス

2024年04月16日グローバルネット2024年4月号

独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)企画部企画課
古川 佑(ふるかわ たすく)

 鉄鋼業、化学工業、窯業・土石製品や航空・海運部門は「排出削減が困難なセクター」と呼ばれています。素材産業では製造過程で大きなエネルギーを必要とし、原料に化石燃料が利用されていることなどから、再生可能エネルギーや代替原料の利用などによる排出削減の取り組みが進められています。また、これらの産業の脱炭素化を加速するには、技術開発だけでなく、代替製品の利用や使い捨ての削減など、社会全体の需要側の対策も必要です。航空・海運部門でも近年2050年ネットゼロを目標に、代替燃料の開発が進められていますが、コストや持続可能性の面で実装に向けてさまざまな課題を抱えています。
 本特集では、これら排出削減が困難なセクターにおける削減シナリオ、技術開発の現状と課題、ビジネスの事例などを紹介いただき、脱炭素化の加速に向けて具体的に必要な取り組みや政策を考えます。

 

温室効果ガス(GHG)の排出削減に向け、世界各地でさまざまな脱炭素ビジネスが展開されている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、世界のGHG排出量(2019年)は59ギガトン(CO2換算)で、産業部門からの排出が全体の24%で最も大きい。特に鉄鋼(5%)、セメント(3%)などからの排出量が大きい(国際エネルギー機関(IEA))。また、輸送部門は同15%を占める。排出削減が困難なこれらの部門における、今後の脱炭素の方向性とビジネス事例を紹介する。

鉄鋼、製鉄技術の変更等で対応

鉄鋼業界では、脱炭素化に貢献する設備の導入が進む。IEAの「鉄鋼技術ロードマップ」(2020年10月発表)によると、2030年時点での年間排出削減量の9割は、製鉄原材料の品質向上と、廃熱回収可能な電炉の導入など製鉄技術の変更により達成されるとしている。鉄スクラップから鉄鋼を生産する電炉は、鉄鉱石から鉄鋼を生産する高炉と比べると、鉄鋼生産時のCO2排出量が4分の1程度という。三菱重工業グループのプライメタルズ・テクノロジーズ(英国)は2024年1月、鉄鋼大手フェーストアルピーネ(オーストリア)から、鉄鋼生産時の廃熱を蒸気に変換できる電炉を受注した。

2050年に向けては、上述の脱炭素の取り組みに加え、水素直接還元製鉄(DRI)などによる脱炭素化も進められる。鉄鉱石の還元剤として、(化石燃料ではなく)再生可能エネルギー由来の電力で生産したグリーン水素を加えれば製鉄時のCO2排出量を大きく削減できる。製鉄スタートアップH2グリーンスチール(スウェーデン)は2025年以降、鉄鋼加工メーカー、自動車メーカー、自動車部品メーカーなどにグリーン鉄鋼を順次供給する計画。同供給計画を進めるため、同社は2022年10月、水素直接還元製鉄のプラント建設を、神戸製鋼所の米国子会社ミドレックスに発注した。

セメントは窯の燃料を廃棄物由来に

セメント業界では、燃料の脱炭素化が進む。グローバルセメント・コンクリート協会が作成した、2050年までのセメント・コンクリート業界のCO2排出量実質ゼロ達成に向けたロードマップ「コンクリート・フューチャー」(2021年10月発表)によると、2030年までの脱炭素化の取り組みの一つに、窯の燃料における廃棄物由来の代替燃料の使用増(それによる化石燃料の使用減)が挙げられている。代替燃料の使用率(世界平均)は2030年までに22%(2021年で同6%)に増加するという。メキシコのセメント大手セメックスは、英国のセメント工場の窯の燃料を化石燃料から代替燃料への転換を進める(代替燃料の施設を2022年5月に同工場内に設置済み)。代替燃料は木材、繊維、プラスチックなど本来であれば埋め立てられるはずの廃棄物から成る。同社のコーポレート・ベンチャー・キャピタル部門のセメックス・ベンチャーズは2023年12月、(2021年から出資している)英国の水素関連スタートアップへの増資を発表した。セメックスは低コストで生産されたクリーン水素を同セメント工場の燃料に活用する予定だ。

他方、2030年以降の脱炭素の取り組みでは二酸化炭素回収・貯留(CCS)が主流になるという。ドイツの建材大手ハイデルベルク・マテリアルズは2023年11月、CCSを活用したCO2排出量実質ゼロのセメントブランド「evoZero」を発表した。ノルウェー・ブレヴィクにある同社セメント工場で生産時に排出されたCO2を回収することで、カーボンクレジット購入による埋め合わせ(カーボンオフセット)をせずに、CO2排出量実質ゼロを達成できる。「大規模セメント工場におけるCO2回収施設としては世界初」(同社プレスリリース)という。2024年末に施設完成予定で、年間40万トンのCO2を回収できるという。

海運・空輸は燃料をクリーン化

輸送部門のGHG排出量の多くを占める道路輸送では、電気自動車(EV)の導入などが進められている。他方、電化が難しい海運や航空輸送では、燃料のクリーン化を中心に脱炭素化が進められている。IEAによると、2030年までは海運と航空輸送ともにバイオ燃料がクリーンな燃料利用の中心となるが、2050年に向けては海運ではアンモニア、航空輸送では合成燃料がそれぞれ最大の利用比率となるとみられる。バイオ燃料では、食糧不足問題を回避できる非食用植物の活用に注目が集まる。イタリアのエネルギー大手エニは、トウゴマ(非食用植物)の種子油などを使ったバイオ燃料の生産工場をケニアに設置し(2022年7月)、輸出を開始している(同年10月)。また、バイオ燃料以外のクリーン燃料活用を見据えた動きもすでにみられる。海運では、ノルウェー肥料大手ヤラ・インターナショナルなどは2023年11月、クリーンアンモニアを燃料とする世界初のコンテナ船を2026年に就航させると発表。航空輸送では、ヴァージン・アトランティック航空(英国)は2023年11月、世界で初めて、持続可能な燃料(SAF)100%で英国・ヒースローから米国・ニューヨークまでの区間を飛行した。SAFの88%は水素化植物油(HEFA)、12%は合成燃料から成る。合成燃料は米国のマラソン・ペトロリアム系から調達した。

脱炭素対応とコストとのバランスなど、企業の課題はさまざま

サプライチェーンにおけるGHG排出量の算定は、カバーする範囲に応じて3つのスコープに分けられる。具体的には、まず「スコープ1」が、事業者自らによるGHGの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)。「スコープ2」が、他社から供給された電気や熱・蒸気の使用に伴う間接排出。さらに「スコープ3」が、スコープ1とスコープ2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)。英国に本部を置く国際的なNGOのCDPによると、セメントや鉄鋼業界におけるGHG排出量の6~8割をスコープ1が占めるのに対し、それらの素材を利用する建設や輸送機器メーカーの同9割をスコープ3が占める。そして、スコープ3の中でも、調達する部素材など上流側での排出が目立つ。サプライチェーン全体で排出削減を進めるには、上流側での脱炭素化の取り組みが極めて重要といえる。

ただ、上流側で脱炭素化に取り組むにはさまざまな課題がある。世界経済フォーラム(WEF)によると、気候変動に取り組む企業から寄せられる課題は、「サプライヤーとのハイレベルでのデータ共有不足」「(社内)調達担当の理解不足」「サプライヤー間での(排出削減に対する)認識ギャップ」「(調達する部素材の)機能性・経済性と低炭素設計とのバランス」「排出削減に係る高コストと少ない利益」「政府の行動力や投資不足」などさまざまだ。

世界各地でビジネスを行う日系企業からも同様の課題が指摘されている。ジェトロが海外83ヵ国・地域の日系企業を対象に実施したアンケート調査結果(実施期間:2023年8~9月、有効回答数7,632社)によると、脱炭素化の取り組みでスコープ3に取り組むと回答した企業(1,462社)に取り組み内容を尋ねたところ、「購入(調達)した製品・サービス」(42.3%、複数回答)が最大で、部素材の調達における脱炭素化を進めていることがわかる。脱炭素化に取り組む企業からは「リサイクル材料など脱炭素化に資する原材料・部品(の価格)が高い」「脱炭素化への取り組みに対する補助金、インセンティブ不足」などのコメントが、地域・業種共通の課題として寄せられた。筆者が複数の日本企業にヒアリング(2023~24年)した際、サプライヤー側の視点として「自社でコストをかけて低排出素材を開発・生産しても特段優遇されることはなく、調達コスト重視の顧客企業からは排出削減未対応素材と同じ土俵で(価格重視で)比較される」とのことであった。

今後、排出削減が難しい部門の脱炭素ビジネスを着実に進展させるために、上述の障壁を解消していく必要がある。

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