特集/排出削減が困難なセクターの脱炭素に向けた道筋とは航空・海運分野の脱炭素化

2024年04月16日グローバルネット2024年4月号

一般財団法人運輸総合研究所 主任研究員
竹内 智仁(たけうち ともひと)

 鉄鋼業、化学工業、窯業・土石製品や航空・海運部門は「排出削減が困難なセクター」と呼ばれています。素材産業では製造過程で大きなエネルギーを必要とし、原料に化石燃料が利用されていることなどから、再生可能エネルギーや代替原料の利用などによる排出削減の取り組みが進められています。また、これらの産業の脱炭素化を加速するには、技術開発だけでなく、代替製品の利用や使い捨ての削減など、社会全体の需要側の対策も必要です。航空・海運部門でも近年2050年ネットゼロを目標に、代替燃料の開発が進められていますが、コストや持続可能性の面で実装に向けてさまざまな課題を抱えています。
 本特集では、これら排出削減が困難なセクターにおける削減シナリオ、技術開発の現状と課題、ビジネスの事例などを紹介いただき、脱炭素化の加速に向けて具体的に必要な取り組みや政策を考えます。

 

航空・海運分野のCO2排出量

2022年の航空分野および海運分野からのCO2排出量はそれぞれ7.9億トン、8.5億トンと世界の排出量の約2%強、合計で4.5%を占め(IEA World Energy Outlook(WEO)2023)、これは日本とドイツのCO2排出量の合計とほぼ同じです。

国際的な人の移動と物流を支える航空・海運の活動量は世界の経済成長に伴って将来にわたり増大すると見込まれており、国際民間航空機関ICAOの予想では2050年の輸送量(人・km)は新型コロナ前の2019年の輸送量の3倍近くにも達します。また、国際海運も約2.5倍に拡大すると予想されています(IEA WEO2023)。

国際機関を通じた削減の取り組み

CO2排出削減は、基本的にはUNFCCCの枠組みの下で各国政府が自国から排出の削減に取り組むこととなっています。これには国内航空および内航海運も含まれますが、国際航空・国際海運については特定の国に排出量を帰属させることが困難であること、また、世界単一市場であることから、それぞれICAOおよび国際海事機関IMOにおける議論を通じ、国際協調に基づく共通の取り組み・規制として削減が進められてきました。

航空分野については、2010年にICAOにおいて2020年以降のCO2排出量を増加させないことが合意され、これに基づいて、2035年までのCO2排出量を2019年の排出量の85%に抑えることを目標とするCORSIA(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation)という制度が2021年から始まりました。まず日本や欧州諸国などの先進国がボランタリーで実施し、2024年からは中国、インド等も含め義務化されます。この制度により、各国の航空会社は、バイオ燃料などのCO2排出量が少ない燃料SAF(Sustainable Aviation Fuel、持続可能な航空燃料)の利用等によってCO2排出量を削減しなければなりません。

国際海運については、2011年から船舶の燃費改善を義務付ける規制制度が始まり、2030年までに輸送量当たりの平均燃費を2008年比で40%以上改善させることを目標に段階的に強化されてきました。

このように、これまでは「CO2排出を増やさない」ための取り組みが進められてきましたが、パリ協定の1.5℃目標の達成に向けてあらゆる産業セクターでカーボンニュートラル化が必須とされる中、2022年10月、ICAOの第41回総会において「2050年までに国際航空のCO2排出をネットゼロとする」という長期目標が合意されました。IMOでも2023年7月の海洋環境保護委員会において新たな2023 IMO-GHG削減戦略を採択し、「2050年頃までに国際海運のCO2排出ネットゼロ」を目標として定めました。この2023 IMO-GHG削減戦略においては、2030年に2008年比20~30%削減、2040年には同70~80%削減という中間の目安も定められています()。

航空・船舶分野の燃料は化石燃料(ケロシン、重油)が使われてきました。2022年はそれぞれ2.5億トン程度の消費量です(WEO 2023のエネルギー消費量に基づき重量換算)。

ネットゼロ目標の達成には化石燃料から低・ゼロ炭素のエネルギー・燃料への転換が不可欠であり、ICAO、IMO両機関ともそのための対策・議論を加速させています。ネットゼロに向けた代替エネルギー・燃料としてはバッテリーによる電化、バイオ燃料、ゼロ炭素燃料である水素・アンモニア、カーボンリサイクル燃料である合成燃料(e-fuel。合成ジェット燃料、合成メタン、合成メタノールなど)などが期待されています。最近話題のSAFはバイオマスや廃棄物を原料としています。しかしながら、航空・海運分野の特性からさまざまな課題があり、実行の道のりは容易ではありません。

低・ゼロ炭素燃料の期待と課題

航空・海運は脱炭素化のハードルが高い「Hard to Abate Sector」と呼ばれています。①大出力を必要とし、②大気中・大洋中を孤立して長時間航行し、③さまざまな地域・国々をつなぐ移動体であることが、燃料転換を難しくしている主な理由です。

航空機のエンジンは1基あたり数万馬力、船舶も数万~10万馬力を超える大出力のエンジンで動いています。また、何千kmも単独航行するための大量の燃料も運ばなくてはなりません。大型航空機の場合200kl程度のジェット燃料を翼の中に搭載しています。船舶では標準的なばら積み貨物船で2,000kl程度、大型コンテナ船では10,000kl以上もの燃料を搭載します。

バッテリーによる電気推進ではこのような大出力・長距離航行の実現が難しく、近距離の小型機や沿岸航路の利用に限定されると考えられています。

では電気以外はどうでしょうか。バイオ燃料は既存の燃料にもブレンドが可能で大変便利なものですが、原料の量の制約による供給不足の問題が指摘されています。現在、SAFの原料には廃食油などが利用されていますが、極めて少量です。燃料生産による食糧生産や土地・水資源への影響が懸念されており、廃棄物や農業・林業残渣、食料競合しない植物などからの生産技術の開発が進められていますが、将来の航空・海運の燃料需要を満たすのは困難と見られています。

水素やアンモニアは、燃焼時にCO2を全く出さないという大きな利点があり、理論上資源の制約もありませんが、熱量当たりの体積が大きいという課題があります。アンモニアの場合で重油の約2.8倍、液体水素は約4.5倍、圧縮水素(70MPa)だと8.5倍もの体積となります。このような体積比のため、貨物や座席スペースの多くを燃料タンクに使わなければならず、輸送効率と経済性に大きく影響します。極低温や毒性といった課題もあります。

合成燃料は、工場や大気中から回収したCO2と水素の合成で作ったジェット燃料やディーゼル油、メタノールなどの総称です。原料水素と回収CO2を含む生産コストが高価であり、低コスト化が課題です。燃焼時にCO2を排出しますので、原料となるCO2がバイオ由来や大気中から回収したものなど「カーボンニュートラルな炭素」であるか、という問題もあり、この点については国際的な制度整備が必要です。

こうした各燃料の性質上の課題に加えて、さまざまな地域・国々をつなぐ移動体ですので、世界各地でこうした代替燃料が入手できる必要があります。しかし、その見通しはまだ立っておらず、例えば、2020年のSAFの生産能力は世界のジェット燃料需要のわずか0.03%です。一方で、新燃料を供給できない国には航空機や船舶が来てくれなくなるかもしれません。日本のような国にとっては死活問題となります。低コストの燃料を生産する技術と世界的な生産能力の拡大が望まれます。

このように、航空・海運分野のネットゼロ実現には、技術面だけでなくさまざまな課題があります。更なる技術開発・技術革新の加速に加えて、燃料業界や荷主・ユーザーの皆さんなどあらゆる関係者の理解と協力が必要です。

*参考文献
1)World Energy Outlook 2023(IEA, 2023)
2)Report on the feasibility of a long-term aspirational goal (ICAO, 2022)
3)ICAOウェブサイト

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