特集/排出削減が困難なセクターの脱炭素に向けた道筋とはエネルギー集約的な素材産業の排出削減
2024年04月16日グローバルネット2024年4月号
公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)
気候変動とエネルギー領域 リサーチマネージャー
栗山 昭久(くりやま あきひさ)
本特集では、これら排出削減が困難なセクターにおける削減シナリオ、技術開発の現状と課題、ビジネスの事例などを紹介いただき、脱炭素化の加速に向けて具体的に必要な取り組みや政策を考えます。
なぜエネルギー集約的な素材産業の排出削減が難しいのか
鉄鋼業、化学工業、窯業・土石製品製造業などのエネルギー集約的な素材産業は”hard-to-abate sector” と呼ばれ、CO2排出量の削減や脱炭素化が困難な部門である。なぜなら、これらの部門では高温熱を得るために化石燃料を燃焼しているだけでなく、各部門で製造する製品の原料として、化石燃料に含まれる炭素を化学的に利用しているからだ。そのため、脱炭素社会の構築に向けて化石燃料からの脱却を進めるには、利用するエネルギーを再生可能エネルギーなどに転換するだけでなく、原料として利用する化石燃料を減らすように、製品の製造プロセスを根底から変える必要がある。従って、今あるサプライチェーンを前提に素材産業の脱炭素化を考えると、まだ商用化されていない技術をベースに新たな製造プロセスを構築していくことが必要であり、その実装には時間を要することが課題となる。
素材産業の排出削減を進めるアプローチ
素材産業で扱う製品は、建物から日用品まで社会のあらゆるものに利用されている。そのため、素材産業のCO2排出量を減らすためには、素材産業内で技術的な対策を中心とした供給側のアプローチだけでなく、社会全体で素材利用の在り方を根本的に変える需要側のアプローチも重要である。
まず、需要側のアプローチとして、モノの利用の変化が挙げられる。これには、一つの製品を複数の人や企業でシェアすることで利用率を高めることや、製品の寿命を延ばすこと、また、同じ強度や性能を持つ製品を少ない材料で作ることにより、使用する素材の量を減らすことが含まれる。さらに、構造物や製品に利用される素材をCO2排出量が少ない素材に置き換えることも重要である。例えば、建築材を鉄筋コンクリートから直交集成材(CLT)などに置き換えることで、必要な鉄鋼製品やセメント製品の量を減らし、また、プラスチック製品の一部を紙や木材、竹材などに置き換えることで、プラスチックの使用量を減らすことが考えられる。
次に、需要側のアプローチとして循環経済の実装がある。これは、資源としての材料を循環(リサイクル)させることで、新品の素材だけを使用したバージン材の使用を減らし、バージン材を製造するためのエネルギー投入量や化石燃料の使用量を減らすことができる。
一方、供給側のアプローチでは、化石燃料を他の物質で代替することが重要である。例えば、鉄鋼部門では、鉄鉱石の還元剤をコークスから水素に置き換えることや、化学部門では、プラスチックや樹脂製品などの原料となるナフサを合成燃料に置き換えること、窯業・土石部門では、セメントの原料となるクリンカをポゾランや焼成粘土などで一部置き換えることが考えられる。
なお、需要側のアプローチは、素材製品の生産量が減ることから、一見すると素材産業内の企業活動が衰退するように感じられるかもしれない。しかし、世の中の大きなトレンドとして、デジタル化や持続可能性を追求したビジネスモデルが求められている中で、需要側のアプローチに示される変化は、他部門との連携を図りながら事業を転換し、企業にとっても事業活動の生産性や付加価値を高め、長期的に企業の価値を高める手段として捉えることができる。
需要側のアプローチの削減効果
IGESでは、日本国内で早期に大幅なCO2排出量削減を果たす可能性を検討し、その実現のためのアクションプランをまとめた『IGES 1.5℃ロードマップ:日本の排出削減目標の野心度引き上げと豊かな社会を両立するためのアクションプラン』を2023年12月に公開した。IGES 1.5℃ロードマップでは、需要側のアプローチがどの程度のCO2排出量の削減をもたらすかについてシナリオ分析を実施しており、本稿では素材産業の脱炭素化について、以下に示す3つのシナリオ分析結果をまとめる。
- 技術変容シナリオ: 需要側のアプローチが講じられることなく、供給側のアプローチによって素材産業の脱炭素化を達成するシナリオ。
- 社会変容シナリオ: 需要側のアプローチが最大限導入され、供給側のアプローチの導入はより緩やかになるシナリオ。
- 1.5℃RM(バランス)シナリオ: 需要側のアプローチも供給側のアプローチも両者の中庸程度となるシナリオ。
シナリオ分析で想定した需要側のアプローチと供給側のアプローチを素材産業の部門ごとに表にまとめる。なお、技術変容シナリオの各素材産業の生産量は日本経済研究センターによる予測を参照し、トレンドを反映して推計した。社会変容および1.5℃RMシナリオでは、需要側のアプローチ(素材利用の変化)による生産量の変化を産業連関分析を通じて推計した。
各シナリオの2030年、2040年、2050年のCO2排出量を図に示す。社会変容シナリオにおける鉄鋼部門の2030年と2040年のCO2排出量は、それぞれ、技術変容シナリオ比29%減(33MtCO2削減)、55%減(25MtCO2削減)、化学部門の2030年と2040年のCO2排出量は、技術変容シナリオ比14%減(8MtCO2削減)、34%減(7MtCO2削減)、窯業・土石部門の2030年と2040年のCO2排出量は、技術変容シナリオ比20%減(11MtCO2削減)、39%減(17MtCO2削減)となった。このように需要側のアプローチによるCO2排出量削減効果は、2030年断面では15~30%程度あり、2040年断面では、35~55%の効果があると推計された。なお、鉄鋼と化学部門では、2050年にはすべてのシナリオで脱化石燃料が完了する想定であることから、CO2排出量のシナリオ間の差異はない。これらの結果から、供給側のアプローチによる素材産業の脱炭素化に技術開発などに時間がかかる中で、需要側のアプローチを進めることは素材産業の早期の脱炭素化に向けて、重要性が高まると考えられる。