環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ日本のGX戦略 「水素・アンモニア」推しの課題
2024年04月16日グローバルネット2024年4月号
NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
堅達 京子(げんだつ きょうこ )
世界の平均気温の上昇は、産業革命前と比べ1.5℃に迫り、グリーンランドや西南極の氷床融解が止まらない。この大ピンチを救うには、CO2を出さないエネルギーへの転換が最優先課題だ。ドバイのCOP28では、2030年までに再エネ発電容量を世界全体で3倍にすると合意した。だが足元の日本では“本気”でやる気がちっとも感じられず、世界のスピードとスケールと比べると周回遅れのままだ。なぜなのか?
日本の「水素・アンモニア」推し
原因の一つは、日本のGX戦略の本音が「石炭火力の延命」(できるだけ長く既存のインフラを使いたい)であり、それを支えるツールとしての「水素・アンモニア」推しへの固執ではないか。
水素に関して言えば、世界中で再エネから作るグリーン水素の奪い合いとなっており、脱炭素の鍵を握っていることは間違いない。ただ「水素には、使う優先順位がある」という。水素の専門家のマイケル・リーブライク氏は「水素のハシゴ」という概念を使ってハシゴの上段に相当する部分を優先すべきだと語っている。
かさばり、輸送にも課題がある水素は、変換するごとにエネルギー効率が悪くなる。再エネで電気自動車を走らせれば済む分野にわざわざグリーン水素を使う意味はあまり感じられない。一方、代替手段が限られ、電化の難しい航空機や船舶の燃料、水素還元鉄などには積極的に使っていく必要がある。
もちろん、LNG火力に水素を混焼する使い方も、日本の火力発電依存を段階的に解消する途上では必要になるが、決して優先順位は高くないという。
政府のもう一つの推しが、アンモニアだ。石炭火力にアンモニアを混ぜて「CO2が出ない火をつくる」ことを夢見ている企業もある。だが、果たしてそれはいつ実現するのか? 温暖化対策のこの正念場の10年においては効果が極めて少なく、環境NGOは「グリーンウォッシュ」だと批判している。
というのもアンモニアは、燃やす時にはCO2が出ないが、現状では製造時にたっぷりCO2が出る。コスト面でも大幅に安くなった再エネに勝てる見通しはない。しかも燃焼時に窒素酸化物(NOx)を排出し大気汚染にもつながる。ちなみに、京都大学の研究では、世界の発電量に占める水素・アンモニア混焼専焼は、2050年でも最大で1%以下の見通しだ。やはり優先順位でいえば、石炭火力のフェーズアウトのロードマップをきちんと作り、再エネに本気を出す方が重要なのではないか。
しかし2月13日、政府がコストの高い水素やアンモニアと化石燃料との価格差をガンガン補填する新法案を閣議決定したというニュースが飛び込んできた。その金額は今後15年で3兆円! 対象には石炭火力へのアンモニア混焼も含まれている。「え、まさかと思うけど、その間ずっと石炭火力温存するつもり?」と思わず突っ込みを入れたくなるほど、世界のトレンドとはズレている。国民がよく知らない所でしれっと巨額の補填をするより、カーボンプライシング制度の強化の方が先だと思うのだが。
火力の延命ではなく、再エネを!
G7の中で、石炭火力の廃止時期を明言していないのは日本だけだ。これでは、温暖化の「損失と損害」が加速的に増えて苦しんでいる途上国に対して先進国の責任を果たすことはできない。
ドイツでは、2023年の電力消費量に占める再エネの割合は、ついに50%を超えた。翻って日本の2030年の再エネ目標は36-38%。彼我の差に愕然とする。
2023年の日本の化石燃料輸入費用は35兆円を超えている。そろそろ「火力ありき」の思考から抜け出して再エネ実装の優先順位を上げないと、この国の未来はないと強く思う。しかも能登半島地震を見るにつけ、この地震列島で原子力を増やすことが現実的ではないことも改めて突き付けられている。
今年は、次期のエネルギー基本計画を話し合う重要な年。現実から目を背けず、エビデンスに基づき、もっともっと国民的な議論を行う必要がある。日本環境ジャーナリストの会でも声を上げていきたい。