フォーラム随想油断の構造
2024年04月16日グローバルネット2024年4月号
(一財)地球・人間環境フォーラム 理事長
炭谷 茂(すみたに しげる)
失敗の多くは、油断から生まれる。
昨年9月にベトナム・ダナンに出張した。新型コロナウイルスの感染まん延のため、5年ぶりの海外渡航だった。ダナンは2度目の訪問で、同行者は気の置けない2人だったので、任務は重要だったが、どこか緊張感が欠けていた。久しぶりの海外の空気を味わえると、うれしさが勝っていた。
ホテルの予約は、出発5日前くらいになって急きょ取り付けたので、日本人に合うホテルは、どれもいっぱいだった。日本で言えば、かつて熱海のような観光地にたくさん建設されていたが、地方からの団体観光客をターゲットとした大衆的なホテルだ。設備面は豪華ではなかったが、南シナ海に面し、眺望が開け、悪くはなかった。
到着の翌日、朝食のためレストランに行った。前日の夕食は、海の幸をふんだんに使ったベトナム料理を楽しんだが、一晩寝て食欲は十分にあった。レストランは、農作業を終えて年に一度の旅を楽しむようなベトナム人の家族連れで占められ、賑やかだった。海外からの客は、私たち以外にはいなかった。
朝食はバイキング方式だったが、ベトナム料理を中心に盛り沢山だった。ベトナム料理は、日本人の好みに合う。時間をかけて普段よりも多く食べた後、喉が渇いたので、何か飲みたくなった。ドリンクコーナーに行くと、水差しに入れた水があるだけで、ペットボトルはない。生水厳禁は、海外旅行のイロハである。フルーツジュースやコーラは、甘くて飲みたくない。
残った選択は、牛乳だった。大きなピッチャーに入れられた牛乳をコップになみなみと注いで、テーブルで飲んだ。冷たい牛乳が喉を通り、日本で飲むよりもずっとおいしかった。
これが失敗のもとだった。2時間後、これまで経験のしたことがない強烈な腹痛が起こった。「しまった。食中毒を起こした」と直感した。重要な仕事がある日に食中毒になるとは、と嫌な感覚が、体を走った。トイレに駆け込んで嘔吐を繰り返した。悪い細菌を胃からすべて除くという目的意識だった。
それからホテルの部屋で休んだ。日本製のポカリスエットが入手できたので、水分補給に十分気を配った。何とか半日ほどで回復基調になった。
反省するに、油断があったのだ。発展途上国の旅行は、慣れていないので、以前は、大変気を付けた。出発前に時間をかけてガイドブックを読んだり、ネットで情報を調べたりした。薬も携帯した。特に治安と健康については気を遣っていた。
しかし、今回は、出張が10日前に急に決まったこともあったが、2度目だったことや同行者もいたので、準備が整わないまま旅立った。後日調べたら、ベトナムでは、牛乳は、生水と同じように考え、日本人は飲まないように記されていた。海外旅行のベテランに話すと、「常識だ」と笑われた。
プロ野球が始まる。最近は、大リーグに注目が集まるが、私は日本のプロ野球を楽しみにしている。ヤクルトファンの私は、昨年のヤクルトは全くの不振で面白くない一年だった。それだけ今年に対する期待が高まる。
昨年の不振は、油断からだったと思う。2年連続のセリーグ制覇を遂げたので、指導陣も選手にも油断があった。昨年のスタートでは戦力的に優勝メンバーと同じだったので、今年も行けると慢心していたのではないか。これがツケとなって出た一年だった。
今年はそんなことはないだろうと期待している。
失敗の多くは、油断から発生する。神経質になって心配し過ぎると、「度胸のない奴だ」とさげすまれているようで嫌だった。
年齢を重ねた私は、もう格好をつける必要はない。油断せずに愚直に生きていく方が良いようだ。