フォーラム随想「御神渡り」の出現しない諏訪湖とは?

2024年03月22日グローバルネット2024年3月号

千葉商科大学名誉教授、「八ヶ岳自給圏をつくる会」代表
鮎川 ゆりか(あゆかわ ゆりか)

 今年も長野県・諏訪湖の「御神渡り」は出現しない「明けの海」となった。2018年の出現以降、6季連続で出現がなかったことになる。
 諏訪地域ではお正月が過ぎると、諏訪湖が全面結氷し、凍った氷が割れてせり上がる「御神渡り」が出現するかが最大の関心事になる。寒の入りの1月6日から立春の2月4日まで、毎朝暗いうちから、気温、水温を測り、氷が張っているか、張っていたらどのくらいの厚さかを八剱神社の宮司たちが測り、記録している。この記録は1443年の室町時代から約580年間も続いており、このように長期間の観測が記録されていることは例がなく、「地球温暖化の目安となる」と最近注目が高まっている。

 

 「御神渡り」とはどんなことか。諏訪湖が全面結氷し、その結氷が昼間は緩んで収縮し、夜の寒さでまた凍って膨張する。膨張すると氷の下部に多くの裂け目ができ、そこに水が入る。その水が凍ることでさらに膨張しようとしてひずみが生まれ、大音響とともに亀裂が走り、氷がせり上がる。それがちょうど湖面の端から端まで道ができたように見える。諏訪大社の上社の男神が下社の女神に逢うために湖面を渡った後、という伝説から「神が氷の上を渡って行った」その道筋を「御神渡り」と言う。

 

 この「御神渡り」は、近年見られることが少なくなった。昨年は今までで最も暑い一年であり、国連のグテーレス事務総長が「地球沸騰の時代が始まった」と述べたのは記憶に新しい。実際「明けの海」が増え始めたのは1987年からだと、御神渡りの記録を基に過去の気候変動を分析している東京都立大学の三上岳彦名誉教授は話している(信濃毎日新聞、2024年2月11日)。この頃から地球温暖化が人類にとって喫緊の課題であることが国際的に議論され始め、1988年にはIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設立されたのは偶然ではないだろう。
 信濃毎日新聞の調査によると、1974~2023年の50年間で「御神渡り」が出現したのは21回。前半の1998年までに14回、後半では7回に過ぎず、直近では2018年を最後に、それ以降は出現していない。
 幸い筆者は2018年の御神渡りを見れた。湖面に一列に並んだようにせり上がった氷の「道」に感動。それ以降、毎年期待しながら諏訪湖に行ってみている。
 昨年は全面結氷が1月30日頃報じられ見に行ったが、今年は1回もなかった。厚さ1㎜~1㎝の薄氷が観察されたのみで、その薄氷さえ見られない日も多かった。
 しかし人々の関心は高まっていて、宮司たちの「御神渡り」観察を毎日見に来る人が増えた。中には毎朝コーヒーを作って持って来る人や、近くのホテルに泊まり、毎朝の観察を見学する「御神渡りツアー」に参加する人も多い。

 

 国際環境NGOグリーンピース・ジャパンは、この現象を宮坂清宮司のインタビューを通じた映像作品『御渡りMIWATARI』に収め、2023年11月に同団体が主催する、気候変動をアートで感じる展覧会『HELP展』に出品した。これがタイ・バンコクで開かれる「Changing Climate, Changing Lives Film Festival(CCCL(気候変動、変わる生活)映画祭)」のドキュメンタリー部門に正式出品されることが本年1月24日に決まり、2月18日に「審査員大賞」を受賞した。宮坂宮司は同映像作品の中で、「明けの海は私たちに、自然に対して謙虚に生きなさい、自然とともに生きなさい、と警鐘を鳴らしている」と語っている。また、受賞に際し、「入賞したことは望外の喜びであり、気候変動の認知を広げる審査員に敬意を表したい」とコメントを寄せた。2月17日には八剱神社で「明けの海」であった旨の奉告祭を行い、「災害のない穏やかな地球であることを祈った」とのことだ。作品はhttps://youtu.be/1JXT_U40ttk?si=gF1Hzf_TQ0zQksfeで見られる。

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