マダガスカル・バニラで挑戦!~アグロフォレストリーでつなぐ日本とアフリカ新連載 挑戦の始まり〜初めて訪れたアグロフォレストリーから見えた景色

2024年02月20日グローバルネット2024年2月号

合同会社Co・En Corporation 代表
武末 克久(たけすえ かつひさ)

●マダガスカルのアグロフォレストリーとの出会い

 途中からは舗装されていない道を、時に大きく揺られながら、滞在先の街から車で小一時間ほど走りました。小さな集落に車を止めて、そこから徒歩でまた数十分ほど歩いたところに目指す農園はありました。強い陽射しのもと、水田を抜け、川を渡り、坂道を登り、細い山道を歩きました。道の左側は谷で、斜面には木は生えておらず草原のようでした。正面にはやはり木がまばらな丘陵が広がっていました。道の右側には細い木が組まれた柵が続いていて、左側とは対照的に木が茂っていました。先頭を歩いていた農夫のジョセフが右側に折れ、その森に入っていきました。そこが農園への入り口でした。

 農園に一歩足を踏み入れると、そこはまるで森でした。木々によって陽射しは遮られ、ひんやりとすら感じました。気持ちが一気に高ぶります。足元にパイナップルが実っているのが見えました。バナナの花も目に入ります。コーヒーの実が赤く実り、白い花がうっとりするような香りを放っていました。「これはコショウの実だよ」とか「これはローズペッパーの花」などと農園の植物たちを紹介しながらジェセフは奥の方に歩いていきました。突然、するするっと木に登って真っ赤なランブータンの実をたくさん採ってきてくれたりもしました。ランブータンは皮をむくと半透明のみずみずしい果肉が出てきます。ライチのような果物で、甘くて独特の淡い香りがありとてもおいしいです。そんなことをしながら、ジョセフは農園を案内してくれました。そして、大きなえんどう豆のような実の房をつけたつる性の植物を見せてくれたのです。それがバニラでした。

 これが、私が最初にマダガスカルのアグロフォレストリーを見学したときの情景です。アグロフォレストリーという言葉は知っていましたが、実際に見るのは初めてでした。その農園の美しさ、そしてこの地域でアグロフォレストリーを奨励している協同組合の取り組みの素晴らしさに魅了されて今の事業を始めることを決意しました。

 彼らは協同組合を組織し、農家が育てた作物を直接買い取って加工し輸出する仕組みを築いていました。栽培するバニラをはじめとする香辛料やライチなどの果物を適正価格で買い取り、加工して販売することで、より多くの利益を農家に還元し、地域をより豊かにしようと取り組んでいることが、彼らと話をしてわかりました。もちろん大きなビジネスチャンスもそこに見たのでした。2017年6月のことです。

アグロフォレストリーの農園で、案内してくれたジョセフ(右から2人目)と協同組合スタッフと記念撮影した筆者(左から2人目)

●衝動に駆られて事業をスタート

 私が合同会社Co・En Corporation(コーエン コーポレーション)を起業したのは2020年12月のことです。それまで環境コンサルタントとして企業の持続可能な原材料調達の取り組みを支援していました。その仕事を通して、持続可能な農業の在り方などを長年考えていたので、源流はさらにさかのぼったところにあるのでしょう。でもとにかく、このマダガスカルでの農園見学が私を現在地まで強く引っ張り上げました。

 私は当時この協同組合を2回訪れています。最初は前述の見学で。これはマダガスカルに住む友人に会いに行く観光旅行のついででした。それから、その旅行を終えて当時滞在していたイギリスにいったん戻った後、もう一度マダガスカルに飛びました。一緒にビジネスをすることを彼らに直談判するためにどうしても再訪したい気持ちが募ったのです。衝動に駆られて始まったこのプロジェクトですが、日を重ねるごとに、だんだんとその意義が整理されてきました。事業としても確実に前進しています。当時の直感は間違えていなかったと思っています。

 実際に彼らからバニラを輸入し始めたのは2019年のことです。クラウドファンディングで支援いただいたお金を元手に開始しました。今では多くのお客さんにバニラとその背景にある農園の様子や生産者の声を届けています。

●目指すのは製品を通して生産者と消費者をつなぐこと

 私は、事業を通して協同組合や農家の人たちを応援したいと思っています。また、彼らが作る高品質のバニラを日本に届けて、日本の皆さんに本物のバニラの香りを味わっていただきたいと思っています。そして、彼らの取り組みや農園のことを積極的に発信することで、マダガスカルの彼らと日本の皆さんをつなぎたい。彼らのバニラを使ったスイーツや料理を食べるときに、マダガスカルのことを想像しながら味わっていただけるような環境を作りたいと思っています。そうすることで、そのスイーツや料理の味は格段においしくなるだろうし、マダガスカルをきっかけに話に花が咲くかもしれません。その食卓は、より豊かなものになると思うのです。さらには、このことは持続可能な社会の実現やSDGs(持続可能な開発目標)の達成にも貢献すると考えています。

 目指すのは、その製品を通して生産者と消費者をつなぐこと。昨今、特に海外の農業の現場で起きている森林破壊や気候変動などの環境問題、貧困や児童労働といった人権に関わる問題をなかなか解決できないのは、消費者の無関心が原因の一つだと考えています。消費者が無関心になるのは、ある意味、当たり前かもしれません。自分が口にする食材を誰が、どこで、どのようにして作っているのかが見えなくなってしまっているからです。見えないものに関心を持つことはとても難しいことです。だから、私はこう考えます。生産者と消費者がつながって、生産者や生産現場が見えるようになったら、今起きている問題に関心を持つ人が増えるはず。また、生産者の顔が見える食材を食べることで、生産者や自然への感謝の気持ちが今よりもっと育まれるはずだ、と。そしてこのことが、大きな問題を解決に導く力になると信じています。

 逆方向のこともいえます。生産者の顔が見える食材は、生産者にとっては消費者の顔が見える食材です。自分が作った食材を食べて喜ぶ消費者の顔を見ることは、生産者にとってどんなにうれしいことでしょう。もっといいものを作ろうというモチベーションにつながるはずです。そして、安心で安全で、おいしい食材がより多く消費者に届くようになるでしょう。

 私は、この好循環のきっかけをマダガスカルのバニラを通してつくり出したいと思っています。

●プロジェクトの可能性を読者と考えたい

 当連載を通して、アグロフォレストリーの詳細や協同組合が果たしている役割、彼らの製品の販路を日本でどのように広げているのかなど、本プロジェクトの詳細を紹介したいと思います。そして、まだ手探りなところも多いこのプロジェクトの将来的な可能性を、読者の皆さんと一緒に探っていきたいと思います。

 とはいえ皆さんには、本題に入るまでにたくさんのことをお伝えしなければいけません。なにせ、舞台となるマダガスカルも主軸のバニラも、私たち日本人にはなじみはあっても、実際にマダガスカルがどんな国なのか、バニラが一体何なのか、知る人は実は少ないのですから。まずは皆さんをマダガスカルの地にお連れする必要があるでしょう。バニラは香辛料に分類されますが、それがどのような植物でどのように栽培され加工されているのか、またバニラ産業が抱える社会問題などもお伝えしなければなりません。次回以降はまずはその辺りから始めることにします。

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