特集/COP28報告~成果と課題、日本への示唆化石燃料からの決別宣言を果たしたグローバル・ストックテイク
2024年02月20日グローバルネット2024年2月号
WWFジャパン 自然保護室長
山岸 尚之(やまぎし なおゆき)
本特集では、会議に参加したNGO・研究者に、それぞれの視点でGSTやCOP決定文書の成果と残された課題を報告いただき、今後政府、企業、自治体、市民に求められることを考えます。
アラブ首長国連邦(UAE)ドバイで開催されたCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)は、会期を1日延長して12月13日に閉幕した。
もはや恒例ともいえる会期延長の中で、深夜に及ぶ厳しい交渉の中心となったのは、化石燃料に関する言及の仕方であった。本稿では、そこで出た結論の意義について解説してみたい。
COPでの化石燃料議論の経緯
「国連の気候変動会議において、化石燃料を今後どうしていくかを議論する」
一見、当たり前のことのように感じられるが、長い間、それは当たり前ではなかった。
国連会議は各国の主権の尊重が極めて重要であり、「その国がエネルギーをどのように扱うか」を議論するのは、主権の侵害ともとられかねず、排出量の削減は議論できても、エネルギー利用の在り方について直接議論することは長らく避けられてきた。
その、いわばタブーが変わったのが2021年のCOP26(イギリス・グラスゴー開催)であり、議長国イギリスの頑張りもあり、会議の決定文書において、「排出削減対策のされていない石炭火力発電を段階的に削減(phase down)する」という文言が入った。
その後、2022年のCOP27では、これをさらに一歩先に推し進めた文言での合意が目指されたが果たせず、今回のCOP28を迎えた。
焦点となっていたのは主に2つで、一つは、COP26では「石炭火発」が焦点であったものを「全ての化石燃料」を対象とすること。もう一つは、「段階的『削減』(phase down)」という表現であったものを「段階的『廃止』(phase out)」と踏み込めるかどうかであった。
産油国でのCOP開催
COP28の議長国はUAEであり、世界有数の産油国であったことが話題になった。しかも、議長を務めた同国のスルターン・アル・ジャーベル氏は、同国の産業・先端技術大臣であると同時に、アラブ国営石油会社のCEOでもあった。化石燃料企業のCEOが、化石燃料からの「段階的廃止」を議論するべきCOPの議長を主導できるのかについては、会議の前も、そして、会期中も何かと不安視されていた。
無論、COPでの合意は200近い締約国の議論の結果としての合意であり、議長が決めるわけではない。それでも、難しい交渉の調整役を行うか行わないかは、議長国の役割が重要であるため、果たしてその役割を公正に果たし得るのかについては疑問視する声もあった。
紛糾した交渉
実際、COP28での交渉は困難を極めた。
会議自体の滑り出しは決して悪くなく、初日、もう一つの重要議題であった「損失と損害」基金の運用化ルールについての合意が成立した。
気候変動対策には、原因である温室効果ガス排出量を削減する「緩和」の分野と、結果としての影響に対応する「適応」の大きく分けて2分野があるが、「損失と損害」は「適応」しきれなかった場合に発生する被害をどのように瀬戸際で防ぎ、かつ救済するかという対策分野である。前回のCOP27の一大成果はその分野に基金を設立したことであり、今回のCOP28はその基金の運用ルール合意が焦点であったが、先進国と途上国間での合意が難しい議題と予測されていた。
COPの初日に重要議題について、先行して合意が成立するというのは異例である。通常、重要議題の交渉は最後の最後まで、たとえあらかた固まっていたとしても、他の重要議題との取引材料に使われるため、全ての重要議題の合意ができないと一つの重要議題についての合意もできない、という状態に陥ることが多い。
そうした慣例が存在するにもかかわらず、あえて初日に重要議題の合意があったということは、事前の交渉が入念に行われていたと推測される。そして、議長国UAEはそれなりに丁寧に根回しを行っていたはずであり、実際、調整役を担っていたUAEとドイツは、この合意発表と合わせて1億ドルの拠出を表明していた。
損失と損害分野での初日の合意も受けて、やや勢いを得たCOP28ではあったが、化石燃料分野での交渉はやはり難航した。
それは会議そのものだけではなく、会議周辺から聞こえてくることによっても明らかであった。会期中、英ガーディアン紙のスクープで、OPEC(石油輸出国機構)事務局が、加盟国に対して「化石燃料に対する圧力は不可逆な水準にまで高まることが予想されており、自分たちの繁栄がリスクにさらされる恐れがある」という主旨のレターを出していたことが明かされた(OPEC事務局は認めていない)。交渉の舞台の裏と表で、激しいロビー活動が行われていることをうかがわせる一幕であった。
最終日が近づいてくる中、議長から出された草案における該当箇所の文言が、「化石燃料の生産と消費を削減する」というやや平凡な表現となり、しかもそれが、数ある取り得る手段の一つにしかすぎないというニュアンスの文言であったため、会議の中では悲鳴にも近い批判が巻き起こった。
そこから会期延長にもつながる深夜に及んだ交渉の末、最終的には、2050年のネットゼロ達成のために「化石燃料から転換していく(transitioning away from fossil fuels)」という表現となった。本当にこれで合意がされるのか、参加者が見守る中、会期を延長した12月13日の昼頃、合意は採択された。
目指された「段階的廃止」という表現からすれば後退には違いないが、曲がりなりにもCOPの場において、化石燃料からの決別宣言ともいうべきものが合意されたことについては、多くの国が、そしてNGOも含めた参加者が一定の評価をしている。
無論、この合意を受けた実際の行動を各国が取っていくかどうかが一番重要であるが、今後、各国が誠実に行動に移していけば、今回のCOP28は歴史上の重要な転換点と言われることになるであろう。
グローバル・ストックテイクの結論としての側面
各国が今回の化石燃料からの決別宣言を行動に移していくかを見るにあたっては、本決定が「グローバル・ストックテイク(GST)」の結論として採択されたという点にも注目する必要がある。
GSTは、パリ協定の中で規定されている仕組みで、5年に一度開催され、世界全体の取り組みの進捗を振り返り、評価し、次の各国の削減目標などへのインプットとすることを目的として行われる。
COP28では、第1回目のGSTの結論を出すというスケジュールになっており、今回、化石燃料に関する文言はこの中の主要なものとして位置付けられた。
GSTは5年ごとに開催されるが、もう一つ5年ごとに行われるのが、各国による削減目標の提出である。そして、その次のタイミングは、2025年である。パリ協定はそもそもの設計として、「世界全体での取り組みの見直し(GST)」→「各国による削減目標の提出」というサイクルを通じて、各国の取り組みを徐々にでも引き上げていく、という仕組みになっている。
今回のGSTの結論がカバーする範囲は多岐にわたり、上述した化石燃料部分だけではないが、主要な結論としてのこの化石燃料からの決別宣言を、今後、各国がそれぞれの削減目標の中でどう反映していくのかが問われる。
日本への示唆
無論、それは日本とて例外ではない。日本ではおそらく今後エネルギー基本計画改定が行われることに合わせて、新たな削減目標検討がされていく。
COP28のGST決定では、世界全体で2035年までには60%の削減(2019年比)が必要とのIPCCの結論も「認識」されている。上記の「化石燃料」の結論と合わせて、日本が国内議論でそれを反映していけるかどうか、責任ある国としての姿勢が、今後問われる。