21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第63回 COP28と「IGES 1.5℃ロードマップ」

2024年01月18日グローバルネット2024年1月号

京都大学名誉教授、地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー
松下 和夫(まつした かずお)

地球沸騰化時代のCOP28

観測史上最も暑かった2023年の12月に、産油国のUAE(アラブ首長国連邦)で開催されたCOP28(気候変動枠組条約第28回締約国会議)では、交渉史上初めて、石油、ガス、石炭などの「化石燃料からの脱却」を明確に呼びかける合意文書が採択された。

この合意では、今後10年で化石燃料からの脱却を「公正で秩序ある衡平な方法」で加速させ、今世紀半ばまでに二酸化炭素の排出を完全に止め、2030年までに風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギー導入量を世界全体で3倍に増やすことを各国に求めている。また、1.5℃目標の実現を掲げ、温室効果ガス(GHG)を2019年比で2030年までに43%削減、2035年まで60%削減する目標も取り入れられている。

これは化石燃料からの転換は止められないというメッセージを、投資家や政策立案者に送ることになる。また、今後2年間に、各国は2035年までのGHG排出をどのように抑制するかについて、詳細で正式な計画を提出することが求められている。

こうした中で地球環境戦略研究機関(IGES)が発表した報告書(「1.5℃ロードマップ:日本の排出削減目標の野心度引き上げと豊かな社会を両立するためのアクションプラン」)は、タイムリーで野心的内容である。その概要を紹介し今後の議論を期待したい。
「IGES 1.5℃ロードマップ」の詳細については、こちらのリンクを参照。

「1.5℃ロードマップ」の狙いと特色

この報告書は、その副題が示すように、日本の排出削減目標の野心度を引き上げるとともに、豊かな社会をつくるためのアクションプランを提示することを目的とし、次のような特色がある。

第一は、デジタルトランスフォーメーション(DX)などに代表される社会経済の転換と脱炭素社会への移行の関係を明らかにしたことだ。すなわち、脱炭素化に資する技術の導入に加え、社会経済の変化を多面的に検討し、GHG排出量をより早くより大幅に削減する可能性を検討している。多面的な社会の変化には、無形資産(知識・技術や人的資本など)への投資増加による高付加価値化や、製造業のサービス産業化、ビッグデータや自動運転技術を活用した人流・物流の合理化、効率的で循環的なエネルギー・素材利用などを想定している。その上で可能な限り整合的かつ定量的に、将来の社会経済の姿を描いている。

第二は、ステークホルダー(利害関係者)との共創プロセスを経て作成されたことだ。報告書の分析結果を、実際に行動を起こすことが期待されるビジネス界のステークホルダーに提示し、そのフィードバックを踏まえてシナリオの修正を行うプロセスを繰り返している。これにより、多様な視点と実務面も踏まえたシナリオとアクションプランが作られ、ステークホルダーの理解や受容性が向上するように配慮している。

報告書では、以下の4つのシナリオを構築している。①最大限の技術(再エネや輸入水素など)導入が行われる「技術変容シナリオ」、②脱炭素化に寄与する形で社会経済が大幅に変化し技術導入はより緩やかになる「社会変容シナリオ」、③社会経済の変化も技術導入も両者の中庸となる「バランスシナリオ」、④政府が目標としているカーボンニュートラルに向けた道筋を示した「政府目標シナリオ」。

主な分析結果は以下の通りである。

  1. デジタル化など社会経済の変化は、2050年までの最終エネルギー消費量の減少に無視できない影響がある。
  2. 社会経済の変化を想定するシナリオでは、より早期のGHG排出量削減が達成できる。デジタル技術などの生産構造や暮らしの変化により、最終エネルギー消費量が早い段階から減少し、2030年代の化石燃料利用も縮小でき、早期の排出量削減が達成できる。
  3. 屋根置き太陽光発電や洋上風力発電を中心とした再エネ拡大に早期に着手し、再エネからの電力を効果的に利用できるような電力制度や再エネの変動性への対応を進めることで、2040年には40%、2050年頃には90%近いエネルギー自給率の達成を望める。
  4. 再エネの変動性への対応として、ガス火力発電を改修した水素専焼火力、再エネ電力を用いた水素製造設備、V2G(電気自動車を蓄電池として活用し電力会社の系統に接続し相互に利用する技術)で運用される蓄電池など、さまざまな柔軟性を活用したシステムの構築を検討した結果、電力需給シミュレーションにより地点ごと、時間ごとに需給バランスが成立する。
  5. 電力コストは、再エネを主力電源化し、柔軟性を高める設備を導入した場合でも、現在よりも低い水準のエネルギー価格が形成される可能性がある。
  6. バランスシナリオが想定するエネルギーシステムの実現には、現状の日本が化石燃料の輸入に費やしている資金や国際的な投資を、国内の再生可能エネルギー開発に向けさせるための市場環境の整備が鍵となる。

報告書のキーメッセージ

以上のような分析に基づき、報告書は次のようなメッセージを発出している。

第一に、エネルギーの需要と供給の脱炭素化技術導入に加え、デジタル化などの社会経済変革に直ちに取り組むことが重要。

第二に、省エネと電化を早期に進めると同時に、再エネを中心とする電力システムへの転換を進めて大幅な排出削減を実現し、エネルギー自給率を約90%まで高められる可能性がある。

第三に、再エネ中心の電力システムへの転換には、需給バランスを確保し、効率的なシステム運用を行うため、さまざまな取り組みが必要。

第四に、自然環境や地域社会への悪影響を抑制しつつ、再エネの大幅な導入量拡大を見込むことは可能で、しかも経済循環や雇用の創出などの便益を地域にもたらす可能性がある。

第五に、将来の再エネの初期投資コストの低下や化石燃料価格、蓄電や水素製造にかかるコストによっては、現状よりも低いコストでエネルギー供給が行える可能性がある。

第六に、社会経済の大きな変革を促し、再エネなどへのエネルギー転換を早期に進めるため、炭素税など十分なインセンティブを与える制度の構築が必要。

第七に、変化の実現には、エネルギーに限らない統合的な視点での政策形成や、変化を成長の機会と捉えた企業の積極的な戦略構築が重要。

今後に向けて

本報告書は、今後の社会や経済の変化を積極的に活用し、1.5℃目標追求と、日本社会が抱える諸課題の解決やウェルビーイング向上に向けた努力を相乗効果が出るように行うことにより、より安全・便利・快適な社会の構築と経済の生産性を高めることが可能であることを示している。

もちろん報告書の長期予測には、データの不足や不確実性が伴い、また大胆な仮定も置かれているので、引き続き分析の妥当性の検証も必要である。また脱炭素に向けた技術、投資、政策は常に進化と変化を続けているので、随時のアップデートも望まれる。

さらに、脱炭素化に向けた社会の大きな変化を公正で秩序ある移行とするためには、社会のあらゆるステークホルダーの参加が欠かせない。企業をはじめとするステークホルダーとの共創に加え、気候変動の影響を最も受ける将来世代、グローバルサウス、広義の市民社会などの声を反映していくことも求められる。

そしてこのレポートで検討されたプランを現実のものとしていくために、企業・金融機関・自治体・政策決定者など、幅広い人々で議論が深まり、それぞれの行動に反映されることが望まれる。この報告書が、そのような議論を喚起するきっかけとなり、最終的には政策決定のプロセスに反映されることを期待したい。

「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」(パーソナルコンピュータの父とも呼ばれるアラン・ケイ)という言葉がある。未来を予測するだけではなく、望ましい未来を協働で作り上げていくことが今こそ望まれる。

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