どうなる? これからの世界の食料と農業第9回 COP28と世界の食料システム転換~食料システムの隠れたコスト年間10兆ドル超の衝撃

2023年12月28日グローバルネット2023年12月号

農家ジャーナリスト、NPO法人AMネット代表理事
松平 尚也(まつだいら なおや)

食料システムからの温室効果ガス(GHG)排出量は世界全体の排出量の3分の1を占める。その一方で食料システムや農業生産の方法に関する議論は、気候危機に対する解決策において長い間見過ごされてきた。化石燃料のように食料を削減することはできない。しかし排出量をゼロに近づけ、食料システムを変革することは可能である。

国連の気候変動に関する最も重要な会議「国連気候変動枠組条約」締約国会議(COP)において昨年から食料システムが大きな議題として取り上げられるようになっている。第28回締約国会議(COP28)が11月30日~12月12日にアラブ首長国連邦(UAE)・ドバイで開催されるが、食料システムの議論については、開催前から大きな話題になっている。今回はその事例を関係団体の報告書等から紹介していく。

●10兆ドルを超える食料システムの隠れたコスト

国連食糧農業機関(FAO)が11月に発表した報告書「世界食料農業白書2023」では、現在の食料システムには健康、環境、社会に負荷を与える「隠れたコスト」があり、そのコストが少なくとも年間10兆ドルを超えるという衝撃的な試算結果を出した。

世界の154ヵ国を対象とした同報告書によると、全体の70%を占める最も大きなコストは、貧しい食生活が引き起こすコストの年間9兆ドルで、超加工食品、脂肪、糖分を多く含む不健康な食生活を原因とする肥満や、心臓病やがんだけでなく、カロリーや栄養素の不足によるものが挙げられている。こうしたコストは労働生産性の低下も招いており、特に高所得国や高中所得国における影響が大きくなっている。

また低所得国ほど、農業・食料システムの隠れたコストによる打撃が大きく、GDPの4分の1以上に相当すると試算されている。中所得国でも12%以下、高所得国では8%以下に相当する影響が試算されている。低所得国の隠れたコストのうち、貧困および栄養不足に関連するものが大きな割合を占めるのも特徴だ。

●食料システムの環境コストは3兆ドル

食料システムの環境コストはさらに3兆ドルに上るということで、GHGや窒素の排出、土地利用の変化、水の使用による環境関連のコストが挙げられている。これはすべての国に影響する問題であり、分析可能なデータに限りがあることからその規模はおそらく過小評価されているともいう。問題は、こうした隠れたコストの総額が世界のGDPの10%以上と試算され、農業セクター全体の経済価値のおそらく3~4倍に相当するという点である。だからこそ食料システムの変革はCOP28の優先課題でなければならないという議論が活発化しているのだ。その議論においては、自然や生態系を回復させ、気候変動や環境への影響を緩和し、すべての人に健康的な食生活にアクセスできる食料システムへ変革させることが主要なポイントとなっている。

多くの国々は、気候変動戦略や行動計画に食料システムを含め、実施することの可能性をまだ十分に認識していないとされている。その一方で、農業や食料消費には、気候変動を抑制し、自然損失を逆転させ、現在の危機の最前線にいる人々に回復力をもたらすために、各国が利用できる解決策はいくらでもある。気候変動対策における食料システムのアプローチの重要性も認識され始めており、このアプローチが需要と供給の側面の両方を捉えることができること、そして農産物の流通や加工分野も分析できることが注目されている。食料廃棄量の削減は、その重要かつ典型的な例であり、世界では生産された食料の約17%が廃棄されGHG排出量の8%にも相当すると指摘されている。

●COP28への共同書簡

10月末に発表された共同公開書簡では、世界自然保護基金(WWF)、食料と土地利用連合(FOLU)等の80を超える個人と団体が、気候変動に関するパリ協定の目標達成において食料システムが果たす重要な役割を認識するよう、以下の2つの要請を行った。

  1. 農業と食料安全保障に関する気候変動対策の実施に関する(国連気候変動枠組条約における)シャルム・エル・シェイク共同作業の中に、食料システムに対する総合的なアプローチを統合すること。そのアプローチにおいては、最低限、次の3つの重要な要素を包含すること:自然に配慮した食料生産、健康的で持続可能な食生活、食品ロスと食料廃棄。
  2. (2年後の)COP30までに更新される国家適応計画(NAP)、国が決定する貢献(NDC)、長期低排出開発戦略に食料システムへのアクションを含めること。

食料システムへの行動をNAP、NDC、長期戦略に統合することは、持続可能な食料生産、食料廃棄の削減、健康的で持続可能な食生活へのシフトなどの行動に寄与する。それはまた、栄養状態の改善、生態系の保全と回復、健全な土壌づくりの拡大も意味する。

共同書簡では、食料システム変革のための最後のチャンスであることも指摘されている。現在、100ヵ国以上が農業生産に関する行動をNDCに盛り込んでいるが、消費に関する行動を盛り込んでいるのはわずか5ヵ国にとどまっているからだ。書簡では、食料システムの変革は気候変動目標の達成だけでなく、食料安全保障の確保、世界の健康状態の改善、生物多様性の保護に関わる問題として各国が認識すべきとしている。

●先進的な地域の食料システム転換への動き

IPES-Food 報告書『食卓から地球へ-地方自治体が食を通じて気候変動対策を推進する方法』の表紙

COP28に対してさらに実践的かつローカルな提案をするのが持続可能な食料システムに関する国際専門家パネルであるIPES-Foodだ。11月中旬、同団体は各国政府に対し、気候変動に関する公約において食料システムを軽視せず、都市や地域による先駆的な排出削減努力に注目するよう促す報告書『From Plate To Planet(食卓から地球へ)』を発表した。

同報告書では、フード・マイレージ削減、食料廃棄量の削減、学校給食の改革、持続可能な食生活への転換を促すための、数十の主要都市・地域の取り組みをまとめている。以下でそのいくつかの事例を紹介しよう。

米国・ニューヨーク市:学校、病院、刑務所、高齢者センター、ホームレス・シェルターを含む市の全施設において、2030年までに食料廃棄量を33%削減することを約束。11の公立病院すべてで植物由来の給食を導入し、初年度の炭素排出量を36%削減。

ブラジル・サンパウロ地区:都市近郊の農村地区の生態系と農地を都市開発から保護。160の農家が、持続可能な農法に移行し、新鮮な有機農産物の買い手を都市部から見つけるための技術支援を受けた。

フランス・ムアン=サルトゥー:統合的な食料政策により農地の保護、有機農業の推進、学校での有機食品の提供、持続可能で健康的な食生活への転換の奨励、食品廃棄物の削減を同時に実現した。同地域の住民の約6割が、より健康的で持続可能な食生活に転換し、その結果、食料廃棄量が26%削減された。

また同報告書では、世界の地方自治体が誓約した炭素排出削減量が合計で、国家政府の誓約を35%上回っていることも指摘している。

日本でも気候変動に対する食料システム転換の動きが、有機農業推進やオーガニック給食導入など自治体レベルから始まっている。日本を含む各国政府はCOP28において、地域における食料システム転換に向けた行動や取り組みを国家的な気候変動対策の取り組みに位置付けていくことが求められるといえるだろう。