NSCニュース No. 146(2023年11月)「サステナビリティ情報開示の意味するもの」

2023年11月15日グローバルネット2023年11月号

NSC共同代表幹事、サステナビリティ日本フォーラム代表理事
後藤 敏彦(ごとう としひこ)

IFRS※1財団ISSB※2が公表したサステナビリティ情報開示(以下、サス開示)基準についてNSCは8月31日、定例勉強会を開催した。概要等については本紙9月号を参照されたい。

ISSBを上回るEU基準

EUはTCFD※3に始まるサス開示の流れで2022年12月にCSRD※4を制定し、欧州委員会はそれに基づくサス開示基準としてESRS※5を採択している。ISSBとは整合性を保ちつつも、GRIが提唱したダブル・マテリアリティ規準を採用しており、金融関係だけでなくマルチステークホルダーも主対象であり、当然ながらISSBよりは広範である。CSRDには域外適用規定もあり、欧州でビジネスを行う企業は適用対象になる。さらに、上場企業の外国人持ち株比率が3割以上を占める現在、多くの企業が欧州基準を参照せざるを得ない。

金融庁は2025年をめどとしたISSB基準の有価証券報告書への記載義務化について作業中と報じられているが、それを待つことなく上場企業にはEU基準対応は喫緊の課題といえる。

サステナビリティ情報開示

そもそもサス開示は戦略や取り組みを報告するものであり、「元」がなければ何も報告できない。その「元」であるが、IFRS、CSRDともに「短・中・長期にわたるビジネスモデルを含むバリューチェーン全体に関してのもの」の開示要求であり、従来の取り組みだけではほとんど対処できない。また、企業の報告には義務的な「開示」、統合報告書など任意の「公開」やIR/広報などの「広報/宣伝」、さらには商品・サービスの「説明/広告」など幅広いが、その境目は流動的(ダイナミック)である。EUではグリーンウォッシング防止規定も設けており、これら報告情報の一貫性維持は訴訟にも関係しかねない重大課題である。

戦略・取り組みの大変革が必須

  •  ビジネスモデルというと難しく聞こえるが、要は「稼ぐ仕組み・構造」のことである。商業資本主義、産業資本主義の時代を経て、現代はポスト産業資本主義の時代といわれる。日本は「失われた30年」ともいわれるように、マクロ的には新時代への変換に成功していないということであろう。従来のビジネスモデルは限りなく利潤ゼロに近づいていく中、新しい「稼ぐ仕組み・構造」が求められ、しかも、それは地球環境というプラネタリー・バウンダリー内での創意が求められている。企業の発展戦略とサステナビリティ対応戦略の一体化が必須ということである。先進的企業はTCFDの提言に沿い、気候変動対応のシナリオ分析等を実行しているが、これは必ずしも企業の発展戦略との整合性が図られているものばかりではなく、リアラインメントが求められている。移行計画の開示が求められるのも背景はここにある。
  •  バリューチェーンは従来は企業の上流・下流のことと理解されがちであった。今問われているのは「短・長期の稼ぐ構造」であり、本体での価値創造の仕組みのみならず、それを支える上下流であり、さらには企業存在の基盤である全体としてのエコシステムが対象になってくる。
  •  価値創造の仕組みでは人財・人の知恵がキーといわれる。バリューチェーンはおろか、連結ですら人財データベースを整備している企業は多くないようである。デジタル化も遅れ、「DX、何?」というところも多い。組織構造も産業資本主義に適した指揮命令系統方式が色濃く残り、価値創造の本丸で人財を生かす仕組みになっているのか。
  •  上下流では、スコープ3の把握は当然として、チョークポイントといわれるキーとなる関係先とはCO2の削減、人権や人材も含めビジネスモデルの見直しも関係してくる。
  •  エコシステム。株式会社は実質的には19世紀以降、近代市民社会を基盤に発展してきた。これと生命存続の基盤である地球環境の維持は自然人・法人の責務である。国等への提言等は重要なタスクであり、ESRSではロビイングも要求事項である。透明性とインテグリティが必須要件である。

つまるところ、企業の在り方の大転換が求められている。「失った30年」の起死回生の最後の(?)チャンスであろう。残された時間は多くはない。

※ 1 IFRS:International Financial Reporting Standards
※ 2 ISSB:International Sustainability Standards Board
※ 3 TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosure
※ 4 CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive ※ 5 ESRS:European Sustainability Reporting Standards

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