日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第79回 マグロ豊漁の記憶を誇りに経営改革-宮崎県・日南市
2023年10月13日グローバルネット2023年10月号
ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)
前回の鹿児島県・内之浦から志布志湾沿いを走り、宮崎県に入ると串間市、野生馬のいる都井岬を経て日南市に到着した。九州の小京都と呼ばれる飫肥やリアス海岸が美しい日南海岸国定公園がある。自然に加えて飫肥城址や鵜戸神宮などもあり、人気の観光地となっている。中心港の油津港は遣唐使や南蛮貿易の歴史の中に登場した天然の良港で、マグロ・カツオ漁の輝かしい記憶が生きている。
●日本一の巨大マグロも
総延長約400kmの宮崎県の海岸線沖は、黒潮が流れる好漁場。宮崎県の近海マグロはえ縄漁業と近海カツオ一本釣り漁業は漁獲高全国トップクラスの常連だ。
日南市内にある日南、南郷、外浦、栄松の4漁協のうち、訪れたのは油津港にある日南市漁業協同組合本所。建物の正面に大きなタイル絵のマグロが描かれていた。総務部長の相星広さんに面会した。隣接する地方卸売市場を見学すると、キハダマグロやカジキ類がずらりと並んでいた。漁協はマグロに加えて、近海カツオ一本釣りの漁獲が多い。
本所は旧油津漁協であり、相星さんが見せてくれた『油津漁業協同組合 創立七十年史』(1972年発行)の表紙の写真に驚いた。漁獲した大きなクロマグロがごろごろ並んでいる。市場に入り切れずに漁港の船着き場まであふれているのだ。
油津港では1929(昭和4)年から1941(同16)年に年間1万5,000匹を超えるクロマグロの水揚げがあり、戦後も東洋一のマグロ基地として繁栄した。1986年には全長2.88m、体重483kgの巨大マグロが水揚げされた記録が残る。種子島の南東約80kmの沖ではえ縄にかかった超大物。あまりに巨大なため、車の重量測定器で計測したという。
戦前に作られた油津の新民謡『まぐろ音頭』(作詞:矢野不二男、作曲:長津義司)は現在も小学校の運動会などで踊られている。歌詞は「…港油津 マグロの山に 千両万両の花が咲く」と好況ぶりを今に伝える。
日南市漁協所属の近海マグロ漁船は13隻。塩釜港(宮城県)、銚子港、勝浦港(千葉県)、那智勝浦港(和歌山県)、糸満港(沖縄県)にも水揚げしている。
それでもマグロの水揚げ高は減少傾向が続いている。昨年は37億2,166万円で15年前の52億92万円から大きく下げている。種別では昨年のクロマグロの1億7,054万円(15年前は2億6,706万円)のほか、メバチ、ビンチョウ、カジキ類も大幅に減少。半面、キハダマグロが16億2,218万円(同11億8,589万円)と増加している。
日南市漁協はキハダマグロのブランド化を進め、脂が乗っておいしい春先限定で「油津キハダマグロ」のシールを貼っている。クロマグロに比べて淡泊な味とされるキハダマグロだが、この時期は格別だという。
現在の組合員は100人ほどで、合併した30年前の540人に比べると大きく落ち込んでいる。全国の漁業者数減少と軌を一にしており、深刻な問題だ。魚価の低迷や燃料代高騰などから採算割れとなる恐れがあるため、負債を抱える前に廃業する例も多いという。
●漁船を小型にし効率化
こうした経営環境の変化に対して、漁協は効率のいい漁業へ経営体質の改善を進めている。漁船の小型化や冷却能力アップ、魚群探知機などの装備充実だ。近い漁場で短期操業し、鮮度の良い魚を水揚げできるようにしている。燃料消費を抑えて省エネにもなる。
例えばマグロ漁船の小型化では、以前は59トンの漁船もあったが、現在は19トン級11隻、10トンと13トンが各1隻。近海カツオ一本釣り漁船も同様にして計5隻に縮小している。
確かに規模は小さくなったが、宮崎県の近海マグロはえ縄漁船、近海カツオ一本釣り漁船の数は、統計で確認できなかったが全国一といわれ、日本の近海マグロ・カツオ漁の二枚看板に揺らぎはない。
環境の変化について相星さんは「これまで四季折々に捕れていたトビウオ、シイラなどは激減しました」と話す。気候変動や黒潮の蛇行などのほかに、海外まき網漁の影響を憂いていた。
南太平洋やインド洋でカツオやマグロを追う海外まき網漁は外国漁船も含めて、幼魚を混獲するなど高い漁獲圧があり、近海マグロやカツオ一本釣り漁への影響が懸念されている。
相星さんは現場の実感として「群れが分散して小さくなっているようです」という。沿岸漁業を守るため、漁獲高の回復とともに漁業者の生活を持続可能にするための施策を望みたい。
海の環境変化も顕著で、磯焼けも心配だという。海藻のホンダワラやテングサが消え、元に戻らない。海藻を煮詰めて作る郷土料理の「ムカデノリ」の材料の海藻も見なくなったという。原因は海水温の上昇やウニなどによる食害だとされる。複雑で科学でもなかなか解明できない生態系。これまで捕れなかったクロマグロが最近はよく捕れるなど、自然界の異変が次々に起こっている。
●杉を運搬した堀川運河
組合を出ると近海カツオ一本釣りが主要漁業である南郷漁協のある目井津港に向かった。港の駅「めいつ」は定休日だったが、営業日には建物の前の駐車場がいっぱいになるという。油津に戻って本所前の魚料理専門店「びびんや」の店前で行列に並んだ。しばらく待って郷土料理であるカツオ飯とマグロの胃袋「ごんぐり」を食べることができた。カツオ飯はカツオの刺し身が載った上から熱い出汁をかけて食べる。うまい! カツオあぶり重も人気メニューだ。
続いて油津の中心街へ。堀川運河に架かる石造りでアーチ形の堀川橋が存在感を示していた。特産の飫肥杉を上流から筏にして港へ運んでいたという。古い建物が立ち並び、赤レンガ館には油津がロケ地の映画『男はつらいよ~寅次郎の青春』の写真などがあった。路地ではマグロを運んだマグロ通りの表示を見つけた。
運河沿いには野口雨情の歌碑も。「水と筏を 堀川橋の 石の手すりは 見えて暮らす」。野口は日本各地を旅行した詩人・童謡作家で油津や飫肥を訪れている。近くの津の峯(標高88m)に登り、日向灘に面する港を一望した。この絶景の場所にも雨情の碑を発見。「日向 油津 あの津の峯は 船のたよりか 目じるしか」。
とにかく町中にマグロやカツオの存在を感じるのだ。冬季キャンプする広島東洋カープのチームカラー、赤色に塗られたJR油津駅には、金属製のマグロのオブジェがあった。
飫肥城址を後にすると国道220号を海沿いに北上して鵜戸神宮へ。日向灘に面した洞窟の中にある本殿には安産育児の願いをかける「おちちいわ」がある。漁業や航海の守護神としても信仰を集めている。本殿横で見つけたのは「開運かつお一本釣りみくじ」。おみくじを小さな竿で釣り上げる。この地の海の幸に対する誇りをここでも感じさせられた。