続・世界のこんなところで頑張ってる!~公益信託地球環境日本基金が応援する環境団体最終回 バングラデシュ北東部におけるスナドリネコの地域個体群の保全
2023年10月13日グローバルネット2023年10月号
東京都立大学環境科学研究科 特任助教
鈴木 愛(すずき あい)
●スナドリネコとは?
スナドリネコは、南アジアから東南アジアのみに生息するネコの仲間です。英名Fishing cat、和名も漁りに由来するように、脚には水かきがあり、泳ぐだけでなく潜水して魚を捕らえることができます。身体の大きさはだいたい中型犬程度で、陸上では鳥類やネズミを捕食します。水陸両用のスナドリネコですが、湿地から遠く離れている地域での生息確認は限られており、魚を好むことから、スナドリネコの生存は湿地の保全に懸かっていると考えられています。
●バングラデシュのスナドリネコの現状と課題
バングラデシュは数多くの湿地を有し、スナドリネコの保全において非常に重要な場所となっています。しかし、バングラデシュのスナドリネコは生息地の消失・劣化と、地域住民による捕殺という2つの大きな脅威に直面しています。
湿地は、スナドリネコだけでなく、人間にとっても生活の場であり、地域の人びとは湿地林を伐採して建材や薪を調達し、湿地に生息する淡水魚を主なタンパク源としています。乾季には湿地の陸地部を利用した大規模な放牧や湿地林から農地への転換も盛んです。人口密度が高く、自然資源への依存度も高いため、湿地の生態系は消失・劣化が進んでいます。湿地の消失・劣化が進めば進むほど、生息地を失ったスナドリネコは、わずかに残る湿地林や村周辺の人工的な緑地を利用すると考えられます。
その結果、住民との遭遇の機会も増えることになります。住民はスナドリネコをヤギや家禽だけでなく、人を襲う危険な動物とみなしているため、遭遇すると、成人男性が多数で取り囲み、竹などを使って撲殺してしまいます(写真①)。
●バングラデシュ北東部での保全研究・活動
このような状況を受けて、私はバングラデシュのジャハンギナガル大学動物学部や森林局と共に、2017年からスナドリネコの保全に向けた調査研究と保全活動を実施しています。調査については、スナドリネコが何を食べ(食性)、いつどこを利用しているか(環境利用)を調べることで、「どのような環境を保全すればよいのか」を明らかにしようとしています。そして、スナドリネコが利用する場所には、「どのような脅威があり、どうすればその脅威を削減できるのか」を模索し、脅威の削減に向けた活動を行っています。
今までの調査から、やはりこの地域でも地域住民がスナドリネコを捕殺しており、その理由は、スナドリネコが家禽やヤギを襲うからというよりも、スナドリネコ自体が人に危害を及ぼす危険な動物であるという誤った認識によるものであることがわかりました。
この場合、スナドリネコは危険な動物ではないと認識してもらうことが不可欠で、環境教育などの長期的な取り組みが必要です。しかし、湿地林が日に日に消えていき、スナドリネコの捕殺も日常的に起きている中では、環境教育に取り組んでいる間に湿地からスナドリネコが絶滅してしまう可能性が高いことが考えられました。
そこで、長期的な視点で環境教育に取り組みつつ、スナドリネコにとってより安全な生息地がないかを探すことにしました。捕殺が少ない安全な生息地の候補地として、湿地から近く川も多い丘陵地の保護区を選定しました。
この保護区は、生息している哺乳類の調査が行われておらず、スナドリネコが生息しているか不明でしたが、公益信託地球環境日本基金にご支援いただき、選定した保護区で初めてとなる自動撮影調査を行うことができました。そして、無事にスナドリネコの生息が確認できました。北東部の丘陵地帯では初めての記録となりました。
さらに、この自動撮影調査を通して、バングラデシュ国内・北東部において、生息初確認となる中・大型哺乳類も撮影され、その成果は論文にもなり、バングラデシュ国内の生息分布図が変わることとなりました。
また、協力して調査を行ったジャハンギナガル大学動物学部の学生、森林局職員、地域住民にはうれしい変化が見られました。調査に参加した学生は、助成期間中に身につけた自動撮影調査のスキルを生かしてトラの保全に関する仕事に就き、他の地域で現場リーダーになりました(写真②)。初めて保護区の中をパトロールした森林局職員は、その後のパトロールで密猟者の摘発に成功しました。調査を一緒に行った地域住民は、今もカメラが保護区内にあるということにして、違法伐採や密猟は監視されていると地域に広め、保護区の保全に自主的に協力を続けています。
●助成後の活動
2020年度の公益信託地球環境日本基金のご支援により、スナドリネコにとってより安全な生息地となる保護区を見つけることができました。次は、スナドリネコが捕殺されずに、この保護区と近くの湿地を行き来できるような経路を見つけ、その連結性を守ることが必要となります。そこで、移動経路を明らかにするため、スナドリネコに発信機を付けて追跡するという調査を始めました(写真③)。移動経路が明らかになれば、保護区~移動経路~湿地という広い地理的範囲での保全計画を作成する第一歩を踏み出すことができます。
そして、湿地の近くにスナドリネコが捕殺されない場所を確保できたことにより、湿地での課題にも注力することができます。現在は、地域住民がスナドリネコを捕殺する理由となっている誤認識の解消と、減少しつつある湿地生態系の保全に向けて、村の有志や地域の小学校と連携しながら、地域の環境についての環境教育カリキュラム・教材作成や、野外フィールド教室の実施など、専門家と一緒に準備を進めています。いつか地域の中から、自分たちの湿地を保全する子どもや若者が出てくることを夢見て、長期的に取り組んでいきたいと思います。
本連載は今回が最終回となります。