21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第60回 EUとドイツのエネルギー転換 ~EU議会ガイヤー議員(独・SPD)にロシアのウクライナ侵攻後の動向を聞く
2023年07月14日グローバルネット2023年7月号
京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)
2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻により、欧州連合(EU)はロシアからのエネルギー依存をいかに減らすかという課題に直面している。実際に2020年時点では、EUの総エネルギーの25%がロシアから供給され、一部のEU諸国はロシアのガスと石油にほぼ完全に依存していた(図1)。ロシア依存から決別したいEU首脳は、パリ協定の目標達成の道筋を堅持しつつ、省エネルギーの徹底、天然ガスの輸入先の転換、再生可能エネルギー拡大の加速などを通じてエネルギーの独立性を高めることを決定し、それを実行に移してきた。
去る5月下旬にドイツ社会民主党(SPD)のイェンス・ガイヤー欧州議会議員が来日した。議員は、2009年からSPDの欧州議会議員団長として活動し、産業・研究・エネルギー委員会の委員を務めている。筆者は、ロシアのウクライナ侵攻がEUのエネルギー政策に与えた影響、対策、そして今後の課題等につき、ガイヤー議員と直接対談する機会を持つことができた。
ガイヤー議員は、平和と持続可能な未来に向けた再生可能エネルギーへの移行がもたらす可能性、エネルギー効率向上と省エネの必要性、そしてロシアへのエネルギー供給への依存を減らすことの政治的、経済的な意味を論じた。以下はその概要である。
ロシアのウクライナ侵攻後、EUが取った措置
ドイツでは2023年4月15日、最後の原発3基が閉鎖されたが、電力供給不足等の懸念されたことは何も起こらず、むしろ電気料金は安くなった。
図1は、2020年におけるEUとEU加盟国の総利用可能エネルギーに占めるロシアからの輸入量の割合を示したものだ。EU全体の平均では約25%、ドイツは30%強をロシアに依存していた。
ロシアのウクライナ侵攻後、EUは次のような措置を取った。
- 2027年までにロシアからの化石燃料輸入を段階的に完全に廃止する。ロシアのエネルギー輸出部門に対して複数の制裁を行う。
- 2022~2023年の冬季の天然ガス消費量を2017~2022年の期間と比較して15%削減する(この措置は2024年3月まで延長された。後述するように、実際には19%以上の削減が達成された)
- エネルギー外交の展開:EUおよび加盟国は、米国、ノルウェー、アゼルバイジャンをはじめとする他国と約100件のエネルギー協力協定を締結した。これはロシアへの依存を減らし、エネルギー源を多様化するためである。
- EU各国は、企業や消費者のエネルギー料金の上昇による影響を緩和するため、政府の支援策として6,000億ユーロを計上した。
- 2,250億ユーロ規模の「リパワーEU」の実施と再生可能電力や水素など再生可能エネルギー拡大の加速化を図る。「リパワーEU」とは、EUがロシア依存からの脱却のために2022年3月に策定したエネルギー転換計画である。欧州のエネルギー転換を加速し、ロシアの化石燃料への依存を減らすためのロードマップで、再生可能エネルギーの拡大、エネルギー効率化の強化、グリーン水素と産業の脱炭素化の推進、天然ガス輸入先の多様化を内容としている。
EUのエネルギー政策に関連するロシアへの制裁
以上のような措置に加え、EUはロシアのエネルギー輸出部門に対して次のような制裁を行っている。
- エネルギー産業向けの機器、技術、サービスの輸出制限(22年3月)
- ロシアからの石炭およびその他の固形化石燃料の輸入禁止(22年4月)
- ロシアからの原油および石油製品の輸入禁止(パイプラインによる原油は臨時的に例外)(22年6月)
- ロシアからの原油、石油製品、瀝青鉱物からの油の価格上限を1バレルあたり60ドルとする(22年12月)。
- TFEU(EUの機能に関する条約)の「EUの犯罪」リストに制限的措置の違反を追加(22年11月)
- ロシア産原油の第三国向け海上輸送の価格上限設定(22年10月6日)
- ロシアからのCNコード2710に該当する石油製品の2つの価格上限設定(23年2月、CNコードとは、Combined Nomenclatureの略で、EU内で使われる合同関税品目分類表を意味する)。
これらの措置の成果等
これらの措置を取った結果はどうだろうか。
ロシアの化石燃料への依存度は大幅に減り、天然ガス消費量はEU全体で19.3%削減され、ドイツでも19.4%減った。そしてEUはロシアからのガス輸入を大幅に減らした(図2)。これらの成果の背景には、ロシアからの化石燃料の輸入と消費を続けることは、ロシアのウクライナ侵攻に加担することになるとの認識が、国民の多くに共有されていたことがある。
「リパワーEU」では、再生可能エネルギーへの迅速な移行により脱却を実現できるとして、2030年の温室効果ガス削減目標(1990年比で少なくとも55%削減)を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」を土台とした上で、省エネ、エネルギー供給の多角化、再生可能エネルギーへの移行の加速等追加政策を示している。再生可能エネルギーへの移行の加速については、Fit for 55の一部である再生可能エネルギー指令案における2030年のエネルギーミックスに占める再エネ比率目標を、40%から45%への引き上げを提案し、具体策として太陽光発電(PV)を強化するEU太陽光戦略を発表。現在の2倍以上となる320GW以上のPVを2025年までに新設。2030年までに約600GW分の新設を目指している。
まとめ
ロシアによるウクライナ侵攻を機に、EUにとってロシアが安全保障上の脅威であり、ロシアへのエネルギー依存はEUの脆弱性につながるとの認識が加盟国間で広く共有された。2022年3月に採択された「リパワーEU」は、エネルギー安全保障政策であるが、EUの気候変動対策の中核をなす「欧州グリーン・ディール」の推進を前提とし、2030年温室効果ガス削減目標を達成するための政策パッケージ「Fit for 55」の実施を軸としている。
一方で、暖房等に必要なエネルギーは何としても確保し、エネルギー危機の影響を受ける市民や企業には財政的支援を惜しまない。そして市民の側でもかつてないエネルギー節約を実施し、それがEU全体での19%以上の天然ガス使用量の削減につながったのである。その背景にはロシアへの化石燃料依存から脱却することがロシアのウクライナ侵略をとどめることにつながるとの意識があったのである。