続・世界のこんなところで頑張ってる!~公益信託地球環境日本基金が応援する環境団体第10回 ケニア共和国半乾燥地域の植林推進を目指して~アグロフォレストリーのサトウキビ栽培農家にとっての社会経済的ベネフィット(調査・提言)

2023年06月15日グローバルネット2023年6月号

認定NPO法人 HANDS ケニア事務所プロジェクト・スタッフ
北島 慶子(きたじま けいこ)

NPO法人HANDSは、ケニア共和国では、2005年より保健医療分野での人材育成と仕組みづくりを目指して活動を続けてきた。地域保健医療だけでなく、より長期的視点を持って健康で幸せな地域社会の形成を目標に、2019年よりアグロフォレストリー普及活動を通じて、持続的な農業や環境教育活動を行ってきた。

対象地ソイン地区の主要な経済活動はサトウキビ栽培であるが、小規模農家にとっては、サトウキビの買い取り価格の低下や中間搾取などの課題により、サトウキビ農業全盛期に比べ収入向上にはつながっていない。経営能力に問題のある国有企業の製糖工場では、隣国のウガンダやタンザニアに比べ60%以上も製造コストがかかり、安価な砂糖の輸入に至っている。また換金作物を優先した農地拡大、収穫前の梢頭部と収穫残渣を焼却する焼き畑による生物多様性の減少、水源への土砂流入、運搬トラクターによる道路や周辺樹木の破壊も大きな環境課題となっており、さらに、他の農地や家庭菜園用地、栄養素の豊富な野草が茂る未開拓地などの縮小による栄養および食糧安全保障への懸念もある。

●家庭の経済状況と実践状況

今回の調査では、対象者300名の半数以上が10年以上のサトウキビ栽培を行っていた。そのうち7割以上の家庭の世帯人数は5~10人。ケニアの平均月収が634米ドルであるところ、サトウキビ農家のサトウキビ換金による月収は約265米ドル(2021年対米ドルレート109.667)であった。副業としては、酪農、日雇い労働、正規雇用である。

樹木を植栽し、樹木間で農作物の栽培や家畜の飼育を行うアグロフォレストリーと単一栽培であるサトウキビ栽培を組み合わせると、土壌の改善、炭素固定、生計の向上、生物多様性保全などのさまざまな利点があるといわれている。調査対象地域では約6割がアグロフォレストリーについて知っていて、そのうち約5割が10年以内の実践経験があった。アグロフォレストリー実践者は、この実践により、経済と食糧、環境、材木・燃料の順に利益があると答えた。アグロフォレストリーを実践していない農家にとって、利点は実践者よりも少なかった。

サトウキビ栽培は農地の広さに比例して収入向上が見込めるために、その栽培面積を増やそうとする農家が多い。また、かつて需要が高かった頃に子どもたちを高等教育に進学させる機会が増えたり、インフラ整備につながったことなどの良い体験や記憶もまだ新しい。一方、現在の小規模農業では、収穫までの期間が1.5年と長いこと、肥料や農薬投入などのコスト、災害などにより赤字に転じさせられることもあった。

●環境や伝統文化への影響に関する農家の理解

換金作物としてサトウキビ栽培が拡大したことを、環境や栄養の専門家は、生物や食物の多様性の減少につながっていると見ている。製糖工場では、燃料用や環境保全のために植林活動も進めており、少数の農家は燃料用の木材を工場に売ることで生計の助けになっている。年齢層別のグループインタビューでは、年齢層が高いほど自然環境と共生していた経験やかつてあった食物の多様性や環境を守りながら農業を営んでいたことなどが語られた。また、以前は豊富にあった動植物や種の種類、収穫した種の伝統的保存法も今は失われつつあることもわかった。一方、全体的に見て、多数の農家が、サトウキビ栽培による土壌改善、二酸化炭素吸収に役立っていると回答し、続いて(焼き畑による)大気汚染、水源汚染という負荷があると回答した。

●変化への希求

インタビューに参加した農家のほとんどが協力的な態度を示してくれたが、直面してきた課題や現実を客観的に見ることで、その負の側面を受け入れるための気づきにもつながった印象を受けた。農家を対象に行った結果のフィードバック会議では、アグロフォレストリーに興味を示す農家、農業記録管理の大切さなど、環境を保護しながら生活も豊かにする方法への関心がうかがえた。

慣習的には、換金できる農作物や財産と見なされる樹木や農地に関わるものは男性の所有とされており、農地に植えるものや換金後の収入の用途は男性に決定権がある。今回参加した女性農家たちはこれらの意思決定プロセスへ参入することを強く希望した。地元のサトウキビ組合の運営改善についても、女性メンバーの増員、利益中心から組合員の福利の充実へ向けた変化、中間搾取防止、支払いの迅速化など、農家たちは政府の介入を強く希望している。

●調査後の活動

調査後は、サトウキビ農家へのアグロフォレストリーの普及活動を開始した。地元関係者と相談・視察を重ね、現在2地域の学校と農家を対象に活動を実施している。コロナ禍による計画の遅れはあるが、教員が深くコミットしている対象校の一つでは立派なアグロフォレストリー菜園ができている。今年開始した別の地域の学校でも、子どもたちが大好きな土遊びを通じて環境について学んでいる。それぞれの農家のやる気にもよるが、活動を継続している農家たちからは、有機肥料の使用によりコストが削減できた、家計管理が向上した、マーケティングの理解により収入が向上した、家庭菜園で自給自足の割合が高まった、伝統野菜を植え始めた、雨の量が増えた、といった肯定的に感じていることについて報告を受けている。一方で、日々の雑事に追われ、活動継続が難しい、読み書きが難しく記録管理を諦める、グループ間の不和など、多くの課題も残っている。

小学校内に整備された立派なアグロフォレストリー菜園を維持管理する生徒たち(グレビリア、パパイヤ、豆、サツマイモ、数種類の伝統野菜など)

もともと社会経済指標が低いこの地域では、コロナ禍による経済活動の制限、その後継続している物価上昇により、子どもの学費の工面をはじめ家計を支える努力がさらに必要となっている。アグロフォレストリー普及対象地では、新しく建設された民間実業家による製糖工場、また海外からの支援による大型ダム建設も始まり、サトウキビ買い取り価格の上昇や雇用機会の創出などの期待が高まっており、必ずしも本事業を後押しする環境ではなくなってきている。環境保全意識の醸成のためのアグロフォレストリー普及は、子どもたちと教員による学校のアグロフォレストリー菜園運営の継続、また農家の家庭菜園を充実させることで家庭レベルでの定着に力を注いでいる。これは、各地の景観(ランドスケープ)の性質を生物多様性や文化的・精神的な利点とともに理解し、日本の里山のような回復力のある生態系の構築を目指すといった方向付けを行いながら進めており(社会生態学的生産ランドスケープ・アプローチ)、教育機関と家庭から、長い視点で地域の環境を大切に育む人づくりにつなげていきたい。

地元の高齢者を中心に行われた地元のランドスケープ・マッピングの様子

また、この2年間調査と普及活動を担当した当団体の現地スタッフは、環境分野でさらなる勉学を続けるための海外留学奨学金を受けて最近退職した。事業実施においては、現地の人づくりを一から始めなければならないが、この活動を通じてケニアの将来を担う優秀な人材を輩出できたことも大きな成果の一つである。この事業でのサトウキビ農家との交流体験を生かして、将来自国の環境保全に役立ててくれることを楽しみにしている。

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