21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第59回 食料生産システムの脱炭素を考える

2023年05月15日グローバルネット2023年5月号

千葉大学教授
倉阪 秀史(くらさか ひでふみ)

エネルギー集約的な食料生産が行われている現状

江戸時代と現代を比較すると、食料生産に従事する人口比率が格段に低下しています。江戸時代末期には、全人口の85%が農民でした。現在(2022年)の基幹的農業従事者数は、122万6,000人で、就業人口の約2%以下にまで低下しています。農業従事者数が低下しているにもかかわらず、食料生産を継続できているのは、農民の数に頼る労働集約型農業から、エネルギーをたくさん投入するエネルギー集約的な農業に転換したからです。

倉阪研究室とNPO法人環境エネルギー政策研究所が2006年以来毎年実施している「永続地帯研究」においては、全市町村の地域エネルギー自給率(域内の再生可能エネルギー供給で、域内の民生用・農林水産業用エネルギー需要をどの程度賄えるか)と食料自給率を試算していますが、図1に見るように、食料自給率が100%を超えている自治体(x軸の上側)の中にはエネルギー自給率が低い自治体(y軸の左側)が見られます。これは、食料生産部門においてエネルギー消費量が大きいことを表しています。

農村地域におけるエネルギー消費は、これまで主に化石燃料によって賄われてきました。2050年の脱炭素社会の実現に当たって、農村地域の脱炭素化を計画的に進めることが求められています。

高齢化の進行による食糧生産の危機

2022年の基幹的農業従事者の平均年齢は68.4歳となり、過去初めて68歳を超えることとなりました。農業従事者はその総数が減少しているだけでなく、高齢化が進行しています。高齢者によって担われている日本の農業は、高齢者がリタイヤしていくにつれて、大きく就業人口を減らすことが予測されています。

例えば、倉阪研究室では、2000年以降の産業構造の変化と2020年の若者の職業選択を踏まえて、2050年の各市町村の産業構造を予測する「未来カルテ」を作成しています。その全市町村の「未来カルテ」データを集計すると、2050年の農業従事者数は91万7,000人となり、今よりも農業従事者数がさらに減少してしまう見込みとなっています。

一方、前述のように、2050年までに農村地域の脱炭素化も同時に進めることが求められています。化石燃料に頼ったエネルギー集約的な農業でこの農業従事者人口の減少を補うことはできません。日本は食糧生産の危機に直面しているのです。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)の可能性

上記の課題に対応するためには、農村地域に化石燃料ではない新しいエネルギー源を普及させることと、若年層を中心とした新規就農者が増加することを同時に達成していくことが求められます。

農村地域におけるエネルギー需要は一部の工業プロセスのように高温高熱を必要としないため、再生可能エネルギーでも供給可能なものです。農村地域での再生可能エネルギーとしては、さまざまなものを想定できますが、地域を問わず適用可能性のあるものとして、太陽光発電を挙げることができます。

太陽光発電は、森林を切り開く形で置かれるメガソーラーが環境破壊や防災上の悪影響を招くとして、批判を受けてきました。私も、森林は二酸化炭素を吸収できる可能性のある地域として、それを太陽光発電に置き換えることはやめるべきだと考えています。しかし、すでに開発が行われている地域では、今後とも太陽光発電を推進していくべきです。

ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)は、作物の生育に必要な太陽光は確保できるように、農地の上部に太陽光パネルを配置するものです。間隔を空けて太陽光パネルを配置すれば、太陽が移動するにつれてパネルの影が移動しますが、農作物の生産に必要な太陽光は確保できます。パネルを十分に高く配置すれば、トラクターなどを使った農作業も可能です。

2013年に運転を開始した千葉県市原市の上総鶴舞ソーラーシェアリングが最初の事例で、すでに全国で導入事例があります。農地に設置するためには、架台部分について農地転用許可が必要ですが、農林水産省によれば、2020年度は過去最高の779件の新規設置許可がなされました(図2)。ただし、太陽光発電による売電収入を確保することを主目的として、日陰でも生育できる作物を選んで導入している事例も多いところです。

2022年10月から、私が研究代表者として、3年間の予定で、「脱炭素スマート農地研究プロジェクト」を開始しました。これは、科学技術振興機構(JST)の社会技術研究開発センター(RISTEX)の「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム」(Solve for SDGs)のソリューション創出フェーズとして採択されたもので、ソーラーシェアリングの電気を用いて、エネルギー的にも経営的にも自立する農村地域を構築しようとするプロジェクトです。

協働実施者は千葉エコ・エネルギー社の馬上丈司氏で、すでにソーラーシェアリングにおいて、落花生、大豆、カボチャ、レタス、ジャガイモ、タマネギ、ナス、キャベツ、サツマイモ、ブルーベリー、イチジクといった作物を育てている実績を持っています(写真)。また、この研究に合わせて、稲作でのソーラーシェアリングも今年度に新しく設置する予定です。

千葉エコ・エネルギー社の大木戸アグリ・エナジー1 号機
(農地面積1ha)

脱炭素スマート農地研究では、ソーラーシェアリングにスマート農業技術を組み合わせて、若年層の新規就農者でも営農ができることも示そうと考えています。このために、千葉大学のカリキュラムにソーラーシェアリング設備を使った実習プログラムを組み入れます。また、ソーラーシェアリングの電気を用いてLED補光を行い、出荷時期をずらすことによって単価を上げる試みを行ったり、周辺のハウス農家にエネルギー消費量を計測していただき、農村地域全体の脱炭素化にどの程度寄与できるかを定量的に示したりする計画です。

このプロジェクトを通じて、農村地域の脱炭素化と、日本の食料生産の持続可能性の確保を同時に達成していこうと思います。

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