NSCニュース No. 142(2023年3月)ネイチャーポジティブの時代、企業に求められること
2023年03月15日グローバルネット2023年3月号
NSC会員、株式会社レスポンスアビリティ代表取締役
足立 直樹(あだち なおき)
昨年12月にモントリオールで生物多様性条約の第15回締約国会議COP15が開催され、「世界生物多様性枠組(Global Biodiversity Framework; GBF)」が採択されました。本稿では、これにより企業はこれからどのようなことが求められるのかを考えます。
GBFには2050年までの4つの目標が掲げられていますが、そのことによって達成しようとするのが生物多様性が回復された「自然と共生する社会」であり、これが2050年ビジョンです。これはCOP10で策定された愛知目標のビジョンをほぼそのまま引き継いでいます。そして、2030年までには生物多様性の損失を食い止め反転させるための緊急の行動を取るとしており、これがミッションです。自然をこれ以上減らさないことにとどまらず、今より増やすことを目指しているのでネイチャーポジティブと一般に呼ばれます。カーボンニュートラルと並んで、これから環境に関して世界の二大目標になると考えられています。
これを達成するための23の行動目標には企業に関わる項目も多くあり、特に注目されているのが15番です。これは企業活動の生物多様性への依存と影響をモニタリングし、開示することを求めるものです。欧州などの企業からは義務化せよという声も上がったのですが、日本などが時期尚早であるとし、義務化は見送られました。けれども大企業や国際企業、金融機関に対しては、自社のみならずサプライチェーン、さらにはバリューチェーンについて、また投資のポートフォリオについて開示を要求するという表現が盛り込まれました。折しもTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)という開示の枠組みが策定中ですが、GBFがそれを後押しした形です。
それでは、企業は今後どのような行動をする必要があるのでしょうか? 情報開示について言えば、TNFDはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の自然版、生物多様性版とも呼ばれており、構造はTCFDに大変似通っています。しかし生物多様性の場合、気候変動と違い、場所が決定的に重要な要因となることに注意が必要です。すなわち、温室効果ガスはどこで排出・吸収しても効果は同じですし、異なる温室効果ガス間で効果を換算することも可能です。けれども生物多様性の場合には、生物種ごとに意味が異なることはもちろん、たとえ同種であっても場所が異なれば効果は異なります。したがって、影響は場所ごとに考える必要があり、評価や対応ははるかに複雑かつ困難なのです。
けれども世界のGDPの少なくとも半分以上が生物多様性に依存しており、これ以上生物多様性が損失すれば、経済活動も悪影響を受けます。ですから何としてもそれを食い止め、逆転させる必要があります。そしてそのためには、企業が自分たちが生物多様性に負の影響を与えている過程を正確に把握し、改善しなくてはなりません。具体的には、森林破壊など生態系を傷つけるようなサプライチェーンを改善することが求められます。そして実は、欧州などの企業の中には、既にそうした行動をしているところも少なくなく、投資家も企業にそのような行動を求め始めています。そういう企業がさらに増えるよう、EUはお金の流れを変えて企業の行動を間接的にコントロールしようとしています。EUタクソノミーやSFDR(サステナブルファイナンス開示規則)、CSRD(企業持続可能性報告指令)などはそのための仕組みです。
お金に関して言えば、GBFにはもう一つ大きな行動目標が含まれています。それは、生物多様性に有害な補助金を、生物多様性を保全し増やすものに変革しようというものです。しかも目標としている金額は、毎年5,000億ドルと巨額です。さらには生物多様性を増やす活動に官民で毎年2,000億ドルを投資することも行動目標に掲げています。ただしこれは寄付ではありません。生態系を増やすことをビジネスにして、そこに新たな市場を生みだそうというのです。つまり、GBFは生物多様性を保全して再生する新しい経済=ネイチャーポジティブ経済を作ろうと提案しているともいえ、経済を根本的に変えるきかっけになり得る目標であり、まさにこれからの二大目標にふさわしいものなのです。