特集/気候危機とエネルギー安全保障~日本はどう対応すべきか~エネルギー危機に欧州はどう対処しようとしているか~日本への示唆
2023年02月15日グローバルネット2023年2月号
都留文科大学地域社会学科教授
高橋 洋(たかはし ひろし)
そのような中、気候危機の回避に必要な「脱炭素」に向けた取り組みを検討する政府の「GX実行会議」では、「エネルギーの安定供給」の確保を脱炭素に向けた変革の前提とし、火力発電所や原発の休廃止が電力不足の原因であるとの認識の下、液化天然ガス(LNG)確保の取り組み強化、ゼロエミッション火力の推進、原発再稼働・建て替え・新増設などの方針を打ち出しています。
今回の特集では、日本の電気代高騰や電力不足の原因は何だったのか、現在の日本政府の方針がそれらの課題解決ひいては脱炭素社会の実現に資するのかを、欧州の事例も踏まえながら考えます。
ロシアのウクライナ侵攻を受けて、欧州ではエネルギー危機が叫ばれている。化石燃料の価格が高騰するとともに、供給不安が生じている。欧州はこれらにどう対処しようとしているのだろうか。日本への示唆も含めて考える。
化石燃料の価格高騰
ロシアは世界最大級の化石燃料輸出国であるため、ウクライナ戦争を受けて、特に天然ガスの国際価格が高騰している(図1)。通常欧州の天然ガス価格は、LNG(液化天然ガス)に依存する日本のそれより安い。しかし今回は、ロシア依存度が高く、短期(スポット)契約が中心である欧州の価格の方が、はるかに高くなっている。
このため電気料金も高騰している。欧州は、日本より再生可能エネルギーの導入が進んでいる(後述)とはいえ、いまだ火力発電にも依存している。老朽化したフランスの原発の不調や、渇水による水力や石炭火力(川の水位低下により石炭を運べない)の出力低下も重なったという。この結果、日本と同程度の電力スポット価格の高騰が続いている。
化石燃料の供給不安
欧州が日本と異なるのは、化石燃料の供給不安が生じていることである。そもそも欧州は、天然ガス(46%)だけでなく、石炭も輸入の46%がロシアからである(2020年)。それだけ依存しているロシアに対して、既に石炭の輸入禁止の制裁措置を実施している。天然ガスについては、短期間での代替が困難であるため、まだ禁輸を実施していないが、足元を見透かしたロシアは、ドイツなどへの輸出を停止している。
ドイツは、日本よりも冬が厳しく、暖房のために天然ガスが大量に消費される。このため輸入量の減少は死活問題であり(図2)、夏の間から節ガスに努めてきたものの、さらに米国などからLNGの輸入も開始した。これまでドイツでは、気体のパイプライン・ガスのみが流通していたが、短期間で初めてLNGターミナルを建設したのである。
一方日本では、ウクライナ戦争を受けた化石燃料の供給不安は生じていない。ロシア依存度が低かったことも幸いし、また対露禁輸措置を実施していないこともあり、価格は高騰しているが、燃料が足りない事態には及んでいない。2022年に度々生じた電力の需給ひっ迫は、地震や季節外れの猛暑により、その時点で運転できるはずの発電所が使えなかったことによる。全体として発電所が足りなかったわけでも、燃料が足りなかったわけでもなく、また東京電力管内に限った話であった。実際に、8月2日に記録した年間ピーク需要は、どの地域でも特に需給ひっ迫に至らずに対処できた。
再生可能エネルギーの導入加速
日本と次元が異なるエネルギー危機に対処するドイツの切り札は、もちろんLNGではない。LNGはあくまで短期的な対処策であり、本命は再生可能エネルギー(再エネ)である。実際にドイツ政府は、エネルギー危機を受けて、再エネ電力の2030年の導入目標を、80%へと引き上げた。ドイツだけでなく欧州連合も再エネを重視し、同様の目標を45%へと引き上げた。
そもそも欧州では、気候変動対策やエネルギー安全保障のために、以前から政策的に再エネの導入を加速してきた(図3)。今回、化石燃料のエネルギー安全保障上の問題が改めて表面化したわけだから、その対応策の基本は脱化石燃料であり、その切り札は、純国産でコスト低減が急速に進む再エネ以外、あり得ないだろう。
日本への示唆
再エネの導入に遅れているのが、日本である。2012年以降、太陽光を中心に再エネの電源構成を19%に伸ばしたが、ドイツやイギリスはその2倍以上に達している(図3)。日照時間はドイツより2割長く、島国として洋上風力資源は莫大で、地熱資源は世界第3位を誇るのに、である。日本では、火力や原子力に対し、再エネの政策的優先順位が低かったからだろう。
その上で政府は、原子力の復活に大きくかじを切ろうとしている。供給不安のない「エネルギー危機」に対して、原発の建て替えや再稼働がどうしても必要だという。しかし、高コストで建設に10年以上かかる原発が、合理的な対処策とは思われない。再稼働については、これまでも政府が推進してきたにもかかわらず、地元の反対や事業者側の問題などで進まなかった。一方で、ドイツより劣る再エネ導入目標(2030年に36-38%)を高めようという動きは、政府の中に見られない。
ドイツは、この冬のエネルギーの安定供給を確保するため、廃止予定だった最後の原発3基を、2023年4月まで運転延長した。しかしそれは、超短期的な話であり、国民の賛同も得られているという。一方、エネルギー危機対応として新増設を掲げるイギリスやフランスは、以前から原発に積極的だったが、コスト高によって行き詰まっていた。今回その焼き直しの計画が進むかは予断を許さない。それ以外の欧州諸国で、新増設を新たに表明した国はない。
果たして原子力が、エネルギー危機の対処策になるのか、再エネに注力すべきなのか、欧州の状況を見れば、答えは明らかだろう。