環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ気候危機の時代に、ポジティブな転換点を探る

2023年02月15日グローバルネット2023年2月号

朝日新聞社
香取 啓介(かとり けいすけ)

2023年の年明けは、欧州からの記録的な暖冬のニュースで始まった。各地で20度を超え、スペインの海岸で半袖姿の市民が散歩する映像に驚いた。

英国気象庁によると、ラニーニャ現象が今年後半には終わる可能性があるという。ここ数年、世界の平均気温を下げる要因だったが、温暖化傾向がさらにはっきりするだろう。

年初恒例の世界経済フォーラムによるグローバルリスク報告書では、今後10年の大きなリスクのトップに、2年連続で「気候変動緩和の失敗」が選ばれた。さらに「適応の失敗」「自然災害と極端な気象現象」「生物多様性喪失と生態系の破壊」と上位四つを環境問題が占めている。

1.5度上昇は目前

しかし、この危機感が日本で広く共有されているようには見えない。

2021年に発表された国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書では、今後20年のうちに、産業革命前からの気温上昇が1.5度に達する可能性があるとしている。ただ、現実はもっと早いかもしれない。発表の記者会見で、他国の記者が「(気温抑制のための)1.5度目標達成が『まだ間に合う』と言えるのは今回の報告書が最後なのではないか」と質問していた。「チャンスはまだある」と思いつつも、背筋が寒くなる現実を突き付けられた気がした。

極地の氷床が解け、海流が止まり、熱帯雨林は枯れる――。温暖化が進めば、ある時点で突然環境の激変が起こると指摘される。「ティッピングポイント」(転換点)という考え方で、不可逆的な変化が、ドミノ倒しのように連鎖する恐れがある。転換点がいつ、どのぐらいの気温上昇で起きるかはまだはっきりしないが、すでに始まっているという研究者もいる。

昨年8月、英エクセター大のティモシー・レントン氏らが書いた「気候エンドゲーム」という論文が話題になった。これまでの研究は主に国際目標の2度や1.5度の気温上昇の影響に焦点を当てている。しかし、現状は3度程度の気温上昇が起きる道を進んでいる。今研究すべきなのは、最悪のケースに起こり得る人類や生態系へのリスクなのではないか、という内容だった。

一時的にであれ世界の平均気温の上昇が1.5度を超えるのは近い将来訪れる。その意味と、その先に待ち構える世界の変化を、どう報ずべきか。研究者とメディアが一緒に考える必要がある。

「ニュース忌避」の時代に

残酷な現実は、誰も知りたくないものだ。世界では、積極的にニュースを見ない、読まないようにする人たちが増えているという。デジタル空間のニュースには玉石混交の情報が氾濫している。ニュースを見ても長引くコロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻など、気が滅入るものばかりだ。

気候変動も例外ではない。ロイタージャーナリズム研究所の昨年の調査では、「気候変動のニュースをあえて避けている」と答えた人は、調査した8ヵ国中、4ヵ国で25%を超えていた。「信頼できない/偏向している」「新しいことが何もない」「気分が滅入る」などが理由だ。

日本は10%と一番低かったが、安心してはいられない。若い人ほどニュースを避けているのは他国と同じだ。「ニュース忌避」の時代に、危機ばかり強調するのは逆効果かもしれない。

この点、「気候エンドゲーム」を書いたレントン氏はヒントも与えてくれている。ティッピングポイントには気候危機を加速させる後ろ向きなものだけではなく、気候危機を解決する前向きなものもあるのでは、と説く。

「ポジティブ・ティッピングポイント」と言い、技術や社会システムが、あるレベルに達すると、急速な脱炭素化に向け、自律的に進むようになるという。電気自動車を政府が後押しし、競争力を持たせたノルウェーで、新車販売の半数以上が電気自動車になったことがその例だ。レントン氏は「我々にできることは何もないという無力感をぬぐう可能性がある」とコメントする。

人類が気候危機という崖に向けて突き進んでいるのは間違いない。危機を正しく伝え、前向きな転換点をもたらす報道が求められている。

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