特集/シンポジウム報告 IPCCシンポジウム IPCC第6次評価報告書から考える私たちと気候変動<パネルディスカッション>
2023年01月16日グローバルネット2023年1月号
グローバルネット編集部まとめ
(モデレーター)
田辺 清人さん
(IPCCインベントリータスクフォース共同議長)
(パネリスト)
ハンス=オットー・ポートナーさん
(IPCC第2作業部会共同議長)
江守 正多さん
(IPCC AR6 WG1第1章LA(主執筆者)/東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所地球システム領域上級主席研究員)
高薮 出さん
(IPCC AR6 WG1第10章LA/気象庁気象研究所気候・環境研究部第1研究室主任研究官)
平林 由希子さん
(IPCC AR6 WG2第4章LA/芝浦工業大学工学部土木工学科教授)
長谷川 利拡さん
(IPCC AR6 WG2第5章CLA(統括執筆責任者)/農業・食品産業技術総合研究機構農業環境研究部門・気候変動適応策研究領域長)
本特集では、2022年11月30日(水)に東京都内の会場で、対面方式とオンライン方式の併用で開催されたIPCC シンポジウム『IPCC 第6 次評価報告書から考える私たちと気候変動』(主催:環境省、文部科学省、農林水産省、気象庁)における、WGⅠ、WGⅡそれぞれの共同議長や報告書の日本人執筆者などによる基調講演およびパネルディスカッションの概要を報告します。
IPCC第6次評価報告書(AR6)は、コロナ禍での作業の中、世界196ヵ国782人(延べ)の執筆者による努力と貢献によって、およそ7年をかけてまとめられた(表)。
このパネルディスカッションでは、第1作業部会(WGI)、第2作業部会(WGII)の日本人執筆者メンバーをパネリストに迎えWGの枠を超えた形で、IPCCから発せられたメッセージをわかりやすく一般市民に伝え、どのように社会に生かしていくのかをテーマに議論をした。
進んだWG間の連携 ~AR6作成を振り返って
まず、IPCC第2作業部会共同議長のハンス=オットー・ポートナーさんが、世界的な新型コロナ感染症拡大の中で進んだAR6の作成プロセスでの苦労を語った。オンラインでの開催では、対面会議で議論を進めるのに有効だった個別のやりとりができなくなり、270人もの参加者が合意をしていくプロセスに時間がかかったことを挙げた上で、「報告書作りはうまくいった」と振り返った。
次に、AR5から執筆者として活動してきた江守さんに対して、田辺さんはAR6がAR5と異なる点を尋ねた。「ワーキンググループの間での連携がうまくいったのは、ポートナーさんをはじめとした共同議長がかなり意識されていたからだと思います。また、WGをクロスするような話題やテーマが設定され、WGを超えた議論ができました」と、江守さんは答えた。さらに、各WGでの議論において1.5℃が常に視野に入れられたことを指摘、「例えば、WGⅠが提示した5つの排出のシナリオのうち、一番低いシナリオは前回のサイクルにはなかった」と報告書の内容の違いにも触れた。背景として、2015年にパリ協定が合意された後、1.5℃と2℃の違いを評価してほしいという気候変動枠組条約からの要請に応える形で、IPCCが2018年10月に1.5℃特別報告書を発表したことが挙げられた。
AR6では、一般向けのアウトリーチ活動としてファクトシート(11の地域別、10のセクター別)が作成され、アジア地域版の執筆に高薮出さんが参加している。「アジアのさまざまな地域の科学者が、自らの国の課題として温暖化を捉え、ボランタリーかつ積極的に取り組む姿勢に感銘を受けた。論文の数だけを見ると中国やインドに関するものが多くなってしまう傾向にあるが、地域のバランスを取ろうという試みがされていた。このような研究者の努力がIPCC報告書作りの裏側にはあったことを心に留めて読んでほしい」と、読者に着目してもらいたいポイントをまとめた。
科学者と政策決定者の間のギャップを埋める作業
WG2の政策決定者向け要約(SPM)にも携わった平林由希子さんは、総会で各国の代表との対話を経験した。「SPM作成では分担してすべての章を読み込み、議長の示す方向性に基づいて鍵となるハイライトすべきメッセージを特定していきます。結果として、例えば1.5℃と2℃との違いなどに焦点が当てられました。私たちは、査読される論文に基づいて科学的な手続きを踏んで評価報告書を書くわけですが、総会でのSPM承認プロセスでは、各国の政府代表者が入手していない証拠を見た上で指摘をしてきます。彼らと私たち科学者の間にある証拠に対する考え方のギャップを埋める作業が大変でした」。
WG2第5章「食料、繊維、及びその他の生態系産物」のCLA(統括執筆責任者)を務めた長谷川利拡さんはIPCCへの参加を次のように振り返った。「13人のCLA・主執筆者(LA)に加えて75人の執筆協力者(CA)、さらにその支えになる世界各地で活躍されている多くの科学者がいます。その人たちの成果を公平に評価するという大役に大きな責任を感じました。最終的には、執筆者13人全員のコンセンサスが必要です。同じ論文を読んでもどれだけ確信度があるかということに関しては評価が分かれたりすることも多々ありました。このプロセスは非常にいい経験になりました」。
さらに、平林さんと同様に、総会で各国の代表との対話を経験している長谷川さんは以下のように加えた。「承認総会に向けたSPMの作成は、科学的知見を政策決定者に届けるための言葉に翻訳していく作業です。今まで科学だけをやっている立場からすると、なかなか経験したことがないもの。このような会話のやり方を今後さらに広め、一般市民とのコミュニケーション力を高めるような方向にもっていければと感じました」。
気候変動に脆弱なグループへのアプローチは?
対面・オンライン双方の参加者から数多くの質問が寄せられ、進行役の田辺さんがいくつかを取り上げた。
気候変動問題のキーワードの一つ「ティッピングポイント(突然かつ不可逆な変化が起きる臨界点)」の重要性を一般に理解してもらうにはどうしたらいいだろうかという質問に対して、ポートナーさんが回答した。「例えばサンゴ礁はすでにティッピングポイントを超え、白化現象が進んでいます。このような例を使えば、現状何が起きているのか、将来どのような変化を引き起こしかねないのかを目に見える形で示すことができます」。
続けて、ポートナーさんは、先住民や女性など社会的に脆弱性の高い人たちが気候変動からより大きな影響を受けると、WG2報告書が指摘した点に触れた。「報告書作りに先住民や女性を巻き込もうと試みました。先住民は自然環境に近いところで生活しているので、自然環境の劣化に大きな影響を受け、生活が成り立たなくなっています。また、脆弱なグループは技術などがすぐ使える状況ではないため、適応できる幅も限られています。一方で、先住民族などが持つ知識や知恵に、工業国がもっと耳を傾けて尊重できれば、この状況を回避できると思います」。
求められる適応策に関する研究の進展
適応策に関する質問も多く寄せられた。AR6では適応を急ぐ必要性が言及されているが、その実現には多くの研究成果が必要になるとされている。気候変動に脆弱な分野の一つである農業分野などにおける国内外の研究の現状について、進行役の田辺さんは長谷川さんと平林さんにマイクを向けた。
「今回のIPCCの報告では、主要な作物について気温が何度上がった時にどうなるかというのを、世界各地でまとめました。ただ、各国のレベルで活用するにはさらなる研究が必要です。例えば米のような主要作物については、1km単位メッシュでの予測がなされているのに対して、十分に研究がなされていない作物がたくさんあります。リードタイムを考えながら、いつどこで何が起こるか、具体的に示していく研究を進めているところです」(長谷川さん)。
続けて平林さんは水分野での適応策に関する日本での研究の現状を紹介した。「日本の研究者がグローバルに推計するモデルを開発し、適応策の効果を定量化するモデル化が進んでいます。日本に関しては、国土交通省を中心に具体的にどのような政策をすべきかというところまで踏み込んだ検討が開始されています。例えば、堤防の高さの基準について気候変動の上乗せがあった場合にどれぐらいにしなければいけないのかなど、コンピューターのシミュレーションなどを使って検討することが今まさに進みつつあります」。
WGⅠで行われた「情報の蒸留」とは
高薮さんは自身の発表で「複数系統の証拠を蒸留することで、ユーザーが活用できる情報の作成を試みる」と、WGⅠの活動を紹介した。会場から「情報の蒸留」という一般には耳慣れない言葉について説明をしてほしいという質問が出た。「2段階あります。まず気候情報を不確実性の評価をして知見をまとめるところ。複数系統の証拠(multiple lines of evidence)と呼ばれる、モデルだけではなく、過去の観測やそのメカニズム研究など、いろいろな証拠や情報を専門家が精査しながら、将来どういうことが起こるかをまとめていく段階です。第2段階は、ユーザーが欲しい情報、例えば農業では日照時間、水分野では降水量や短時間の降雨量などと付き合わせていきます。次はこういう情報が欲しい、そのためにはどうしたらいいだろうか、という具合に対話をすることによって初めてできる。ユーザーは必ずしも政府だけではなく、民間も参加する形にしていくのがいいと思っています」と高薮さんは答えた。
「気候変動懐疑論」はなぜ続くのか
気候変動に対する懐疑論がなぜいまだに続くのかという質問に対して、江守さんは「大部分は作られた論争。気候変動対策をやりたくない、先延ばしにしたい何らかの動機を持っている人たちが、気候変動の科学に関して人々が疑いを抱くように情報を意図的に流しているということが世界的に行われていると認識しています。脱炭素という方向性が、特にビジネスから出てくればくるほど、抵抗を強めてくるのではないかなと思います」。ポートナーさんは欧州での状況を加えた。「気候変動に対して懐疑的意見を一定数が持っているのは、問題の緊急性への理解が足りないということがあると思います。一方で、人口の8割以上が政策立案者に対して何らかの行動を取ってほしいと願っています。気温上昇が1.5℃以上になると、現在の経済モデルはもう機能しないということを無視することはできないはずです。リスクのあるゲームをするよりも、きちんと適応・緩和をする方がいいということは明らかです」。
科学に基づく行動変容を
パネルディスカッションを通じて、私たち市民一人ひとりがIPCCによって示されている気候変動の科学を理解し、行動変容を実践することの重要性が示された。「私たちが生きるこの時代は、生物多様性、気候変動、貧困、不公平など複数の危機に見舞われています。目標を設定したのはいいが、実践するにあたってうまくできていないと感じるのです。だからこそ、私たちは社会における無関心にどう対処していくかを考えなければいけない。政策立案者たちも動かしていく必要があると思います」。ポートナーWG2共同議長はパネルディスカッションの最後をこのように締めくくった(2022年11月30日、東京都内にて)。