NSCニュース No. 141(2023年1月)定例勉強会報告 「企業で人権デューデリジェンスをどう進めるか」
2023年01月16日グローバルネット2023年1月号
NSC 共同代表幹事、横浜国立大学名誉教授
八木裕之
国連「ビジネスと人権に関する指導原理」が公表され、国の行動計画(NAP)が策定される中で、企業の人権問題への取り組みは、着実に進められてきた。近年では、サプライチェーンを含む人権問題への企業の取り組みについて、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、オーストラリア、EUなどで、実施や情報開示を求める法制度が整備されている。
日本では、環境デューデリジェンスガイドライン、NAPなどが策定され、昨年9月には、政府から「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が公表された。企業の人権問題への取り組みと情報開示は喫緊の課題となっている。ただし、日本企業の国際レベルでの取り組みは緒に就いたばかりである。
NSCでは、企業の人権問題への取り組みについて定期的に勉強会を開催してきたが、今回(昨年12月6日開催)は、企業の最前線で人権問題に取り組まれている、花王株式会社と住友化学株式会社の担当者を招いた。
花王の取り組み
花王株式会社ESG活動推進部大鹿氏からは、花王における「人権尊重」の取り組みについて発表があった。同社では、企業理念の中で人権の尊重を掲げ、ESG戦略を支えるコーポレートガバナンスの重要な要素として位置付けている。ここでは、人権の尊重とダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを同時に考慮することで、リスクや影響を最小化すると同時に、機会の最大化が目指されている。
同社では、国際的な視野に立ち、「花王人権方針」に基づいた人権への取り組みが年々拡張されている。人権デューデリジェンスは、ステークホルダーの視点と事業プロセスの視点から毎年実施されており、そのリスクアセスメントは、自社からサプライチェーンへと面的に展開される一方で、パーム産業、外国人労働者などの高リスクが懸念される領域への深堀り展開が行われている。また、対話や協議などを通したステークホルダーエンゲージメントが重視されており、さまざまな媒体を使った情報開示も行われている。
今後、人権デューデリジェンスを進めていくための視点としては、バリューチェーンでのさらなる面的・深堀り展開、関係者への人権尊重の理解と浸透、政府や市民社会などとの連携や共通理解の醸成などが提示された。
住友化学の取り組み
住友化学株式会社サステナビリティ推進部野田氏からは、住友化学グループの人権尊重に向けた取り組みについて発表があった。同社では、事業を通じて社会課題の解決に貢献する「自利利他 公私一如」を企業精神として掲げ、統合的取り組みを進めているが、人権尊重は事業継続の基盤を支える不可欠な要素として位置付けられている。
人権への取り組みは、基本方針、責任ある調達方針、人権尊重推進委員会などの体制の下で、人権デューデリジェンス、サステナブル調達、人権イニシアティブへの参加などが進められている。基本方針は、国連の指導原則に基づきながら、先行事例の調査、人事部・法務部・サステナビリティ推進部などによる議論、外部評価などを経て策定され、多言語化が行われている。
今後の展開としては、内部監査、人権リスク評価、レスポンシブルケア監査の有機的な機能分担を図り、サプライチェーンマネジメントの網羅性やリスク対応の実践性を高め、第三者機関の評価サービスやデジタルプラットフォームの活用により効率性と実践性を向上させることなどが提示された。
日本企業の取り組みに向けて
勉強会では、人権問題に関する国際的動向と日本政府や日本企業の取り組み、人権問題に企業が取り組んでいくためのステップ、人権問題への取り組みのきっかけと推進役、社員の人権への意識の現状と向上させていくための工夫、バリューチェーンや地域に取り組みを展開していく重要性、取り組みによって生まれた好影響などについて質問と活発な意見交換が行われた。
人権問題への取り組みは、企業が直面する重要な課題である一方で、ガバナンス機能を強化し、人材やブランドを成長させる重要な機会である。
NSCでは、今後も企業の皆さんと一緒に、実践を踏まえた勉強会を開催していく予定である。