ホットレポート森林減少ゼロとアニマル・ウェルフェア~日本企業に今後求められること
2022年12月15日グローバルネット2022年12月号
地球・人間環境フォーラム
鈴嶋 克太(すずしま かつひろ)
近年、気候変動に関する比較的新しいESGリスクとして特に注目され、欧米で対策が進んでいるのが「森林減少」と「アニマル・ウェルフェア」です。ともに、2050年の「気候中立」を目指すEU(欧州連合)の気候変動政策「欧州グリーンディール」やその中核となる「農場から食卓まで(Farm to Fork:F2F)戦略」で、重要な課題として位置付けられ、対策が進んでいます(本誌2022年11月号)。
EUの森林減少・劣化由来コモディティ禁止法
2022年12月に最終的に決定するEUの禁止法では、熱帯地域で生産される畜牛・皮革、大豆、パーム油、コーヒーとカカオ等の森林破壊につながるコモディティを取り扱う企業に、リスクを特定・評価し緩和するプロセス「デューデリジェンス」(Due Diligence。以下、DD)が義務付けられます。このEU規制の特徴は、大きく以下の5つです。
●合法性だけでなく持続可能性も
「違法なもの」だけでなく、「森林減少に寄与した」コモディティもDD義務の対象に含まれています。合法性だけでなく持続可能性を求めるという画期的な法案です。
●対象範囲の広さ
規制の対象は、法案では畜牛・皮革、大豆、パーム油、コーヒー、カカオとチョコレート、木材製品ですが(11月末時点)、ゴム等、他のコモディティも対象となる可能性もあります。
●厳格なデューデリジェンス
企業には、対象となるコモディティを輸入する前に、DDを実施したことを示すステートメントの提出が義務付けられる予定です。DDの実施にあたっては、「(リスクの)懸念が残らないこと」が求められます。また、当局に提出された文書は、無記名式でオンラインのシステムに組み込まれ、一般公開されます。
最も厳しい基準の一つが、「対象となるコモディティが生産された地理的位置(緯度・経度レベル)の情報を収集する」というものです。木材のDDを義務付けたEU木材法では、原産国・原産地を把握すれば良かったのですが、今後は「完全なトレーサビリティ」が求められることになります。
また、DDを認証制度で代用してはならないともされており、これまで認証製品を調達することでDD対応をしてきた企業は、認証製品への依存から脱却することが求められます。
●リスクに基づいたデューデリジェンス
より明確な基準に従ってリスク評価ができるよう、EUは国別ベンチマーク・システムに従い、国や地域のリスクレベルを3段階で指定します。企業はそれに従い、リスクベースでDDを行う予定です。
リスク緩和措置については、事業者による現地監査やサプライチェーンの改善の他、衛星モニタリング、産地判別を目的とした安定同位体検査等を利用することも推奨されており、技術の発達とともに企業のDDも取締局のアプローチも、より証拠に基づいたものに変わっていくことが予想されます。
●取り締まりに関する厳しい基準
罰則については各加盟国が定めますが、その中に必ず罰金、没収等の措置を含むよう求められています。委員会の法案では、違反した企業の年間売上の4%を罰金の最低額とし、規則に反した取引で生じる環境コストや違反したコモディティの価格等も罰金額に反映するよう明記されています。
森林減少とアニマルウェルフェア ~低評価となった日本企業の評価
世界では、NGOや投資家の共同によるさまざまなイニシアチブが、食品関連企業のESG評価を行っています。例えば、国連財団、英保険会社のAviva、オランダのNGO Index Initiative、世界経済フォーラムの諮問機関「ビジネスと持続可能な開発委員会」が2018年に立ち上げた「ワールド・ベンチマーク・アライアンス」(World Benchmarking Alliance : WBA)の「食品・農業ベンチマーク」(2021年)では、食品・農業のバリューチェーン全体にわたる世界350社(うち日本企業は33社)を、以下の4つの分野にわたる45の指標を基に評価しています。
① ガバナンスと戦略…持続可能な開発目標とターゲットを、自社の中核的な戦略、事業モデル、ガバナンスに組み入れているか
② 環境…食料生産の持続可能性(GHG排出、容器包装のプラスチック利用、生態系の保全、アニマル・ウェルフェア等)
③ 栄養…食品の安全性、健康な食品の販売の観点で、世界の栄養状況の改善に対する貢献度合い
④ 社会的包摂…人権尊重、労働環境、倫理的な事業活動等の観点で評価
WBA「食品・農業ベンチマーク」で調査対象となった350社のうち、総合評価で100点中50点を超えたのはわずか11社でした。また、日本企業33社のうち、50点を超えている企業は一社もなく、24社が25点以下でした。
陸域の生態系保全に関する評価では、森林破壊や森林転換のないサプライチェーンの実現に向けて、86社が何らかの森林破壊関連目標を設定しその進捗状況を報告している一方、関連する目標を設定していない企業は189社に上りました。日本企業33社に目を向けると、森林破壊や森林転換のないサプライチェーンを実現するための目標を設定しているのは14社、そのうち、目標に関する定量的なデータやターゲットを設定しているのはわずか6社でした。
アニマル・ウェルフェアについては、関連する基準を確保するとした企業は50%に上る一方、「広範なターゲットの設定」や「ターゲットの達成状況の検証プロセスの公開」といった先進的な取り組みを行っているのは18社(約5%)にとどまりました。日本企業33社のうち、関連する方針・宣言・コミットメント等を持っているのは、3社しかありませんでした。
日本企業に求められること~海外企業の取り組み例に
「食品・農業ベンチマーク」で高評価を得たフランスの食品企業Danone(ダノン)は、2016年にアニマル・ウェルフェアについてのポジション・ペーパーを発表し、アニマル・ウェルフェアの基本的考えである動物の「5つの自由」(下表)の考えの下、環境エンリッチメント、抗生物質やホルモン剤の減量、開放型飼育を目指す飼育方法等、各カテゴリーにおける実施状況を報告しています。
高評価の企業に共通している点は、単にコミットメントや方針を掲げるだけでなく、モニタリングや進捗報告を行っていることです。近年ではさまざまなESG課題で、「事業やサプライチェーンが社会や環境に及ぼす影響を把握し、継続的に改善しているか否か」についての評価が占める割合が大きくなってきています。例えば、熱帯林の森林減少リスクに関する企業の対応を評価しているFOREST500では、「モニタリングと実施」の比重が全体の半分となりました。
森林減少でもアニマル・ウェルフェアでも、DDの仕組みを持つだけでなく、その実施状況と実際のインパクトも公開し、改善していくことが重要になってきています。